コロナウイルスの影響による黒海周辺国の輸出禁止観測を受けて高騰していたシカゴ小麦価格は、コロナウイルスの影響でガソリンを需要が前年比▲15%程度の減少となっていることを受けたエタノール向けのトウモロコシ需要の減少観測を受け、競合飼料の位置づけもあり、水準を切り下げた。しかし7月の米農務省の需給報告を受けて、水準を大きく切り上げた。
■小麦価格は下落する見込み
米国はトウモロコシと大豆の一大輸出国であるが、小麦は世界各地に生産地が遍在しているため、徐々にその輸出国としての影響力が低下している。そのため、トウモロコシや大豆と異なり、シカゴ小麦の価格動向分析を米国の需給動向で占うよりも、全世界の需給動向を分析するほうが適切なことが多い。7月の需給報告では、世界の小麦期初在庫は前年比+1,732万トンと、前作物年度の生産が大幅に増加したことなどから、2020-2010作物年度の供給は前年比+2,180万トンの12億4,970万トン、輸出と国内需要の合計見通しは前年比+409万トンの9億3,486 万トン、期末在庫は+409万トンの9億3,486万トンとなる見込みである。
弊社は穀物価格を予測するにあたり、需要を供給で割った需給率という指標を主に用いている。需要が増える、ないしは供給が減るとこの数値が上がり、価格上昇を肯定、逆に下がれば価格下落を肯定するという仕組みだ。需給率の観点では、74.8%(▲1.0%)と、1965年以降で最低の水準になると予想されており、この視点では小麦価格は大きく下落しなければ、需給ファンダメンタルズ的にはおかしい。6月見通しからの変化については、生産が▲412万トンの減少となるが、期初在庫の増加(+128万トン)、総需要の減少(▲718万トン)の影響で、供給も▲300万トンとなる見込みであり、需給率も前月から▲0.4%低下しておりやはり、世界全体の需給を見た場合小麦価格は下落するほうが反応としては素直である。
■小麦価格が上昇
しかし、小麦の価格は7月8日から高騰をはじめ、需給報告発表後も水準を切り上げた。これは、1.主要生産地であるロシアやフランスなどの減産見通しが示されたこと、2.シカゴ小麦の取引地である米国の国内需給がタイト化する、との見方が強まったためである。

フランス農業省は今年の軟質小麦生産見通し前年比▲21%の3,130万トンになるとの見通しを示し、ロシアの農業市場研究所が2020年のロシア小麦の収穫量を▲150万トン下方修正し、7,800万トンとしており、黒海周辺国や欧州での供給懸念が顕在化しつつある。
米国の供給は前作物年度の輸出需要が増加した影響で期初在庫が減少(▲98万トン)、生産も▲263万トンの4,963万トンしたことで供給は▲266万トンの8,185万トン、輸出を含む需要は前年比横ばいの5,620万トンが見込まれているが、需給率は68.7%と6年ぶりの高水準になると予想されている。シカゴ穀物取引所の取引所在庫の水準も過去5年の最低水準を大きく下回っており、米国の国内需給は海外と比べると相当タイトである。シカゴ小麦価格の上昇は、需給率からすると是とされるものだ。今のところ、米国の需給率をもとに算出される2020年の小麦価格平均見通しは533セント/ブッシェル程度であり、現在の水準とほぼ変わらない。このことを考慮すると、さらなる上昇余地は限定されると考えられる。
■問題が穀物価格にとどまらない可能性も
しかし、気象庁のエルニーニョ・ラニーニャ監視速報によれば、今年は秋口にかけて40%程度の確率でラニーニャ現象の発生の可能性が指摘されている。過去、ラニーニャが発生した時には小麦価格が急騰しているケースが多い。すでに欧州の減産見通しが示される中、8月に発表される豪州の需給見通しが下方修正されることがあれば、8月の米需給報告での生産見通しも下方修正され、価格がさらに上昇する可能性は否定できない。
また、小麦はトウモロコシや大豆と異なり、主として人間の食用に供されるものであり、この供給が減少し価格が高騰した場合、財政状況が不安定な北アフリカ・中東新興諸国の政情が不安定化する可能性がある。コロナウイルスの影響によって資源価格が低迷、生産量も回復しない中での食品価格の上昇は、場合によるとアラブの春の時のような反政府行動、政権打倒の動きにつながる可能性があるため、問題が穀物価格にとどまらない可能性が出てくる。今のところそこまでの価格上昇にはならないと見られているが、今年の後半は穀物価格、特に小麦価格の上昇リスクは警戒しておくべきだろう。