【QUICK 解説委員長 木村貴】前回説明したように、財政出動は経済にとってプラスにならない。「そんなことをいっても、道路や橋、公園などのインフラは、政府が税金で整備するしかない」と思うかもしれない。しかし、インフラは民間の力で整備することができるし、それは株式投資のチャンスにもなる。
インフラ整備は政府の役割だと思い込んでいる人が少なくない。たしかに現在はその大半を政府が自分の仕事にしている。けれども歴史を振り返れば、民間企業がビジネスとして提供し、質の高いサービスと安い価格で利用者を満足させていた。
米鉄道王、政府の支援受けず
たとえば、米国で産業が急速に発展した19世紀後半だ。鉄道や海運といった輸送インフラの整備は、民間の企業家たちによって担われた。
鉄道王ジェームズ・ヒルは14歳のときに父親を亡くし、母親を養うため学校を中退して食料品店で働き始めたのを皮切りに、さまざまな仕事を経験した。それを通じてビジネスのやり方を学び、お金を貯め、ついに自分の会社の投資家兼経営者となる。当時の米国には所得税がなく、お金を貯めて事業を興すのは今よりもずっと簡単だった。
ヒルが鉄道事業に乗り出したのは、仲間とともにミネソタ州の鉄道会社を買収してからだ。この会社はそれまで、政府の補助金を受けたノーザン・パシフィック鉄道が経営していたが、放漫経営がたたって破綻した。補助金は走行距離1マイル(約1.6キロ)ごとに交付されたため、曲がりくねった遠回りな路線を建設したり、手抜き工事に走ったりしていた。
ヒルは社名をグレート・ノーザン鉄道に変更し、1886〜93年にかけて、太平洋に達する大陸横断鉄道を建設していく。その際、政府に頼る鉄道会社のように景観を重視するのではなく、つねに耐久性と効率性を追求した。最善のルートを得るために、ロッキー山脈にあるとされる「伝説の峠」を何カ月も探し、みごと発見して路線を大幅に短縮したこともある。
こうした努力の結果、ヒルのグレート・ノーザン鉄道は世界の主要鉄道の中で最も収益性の高い鉄道となった。補助金に頼った鉄道の多くが非効率な経営で破産したのに対し、グレート・ノーザン鉄道は大陸横断鉄道のうち、唯一倒産しなかった。ヒルは誇らしげに、こう述べている。「わが社の路線を建設するのに、政府のいかなる支援も受けなかった」
当時、インフラ整備に活躍した起業家はヒルだけではない。海運王コーネリアス・ヴァンダービルトはそのキャリアの大半で、政府から補助金を受けたライバルと闘った。
ヴァンダービルトは大胆なやり方でビジネスをスタートさせた。発明家として有名なロバート・フルトンが運営する、ニューヨーク州公認の蒸気船独占事業に、法律を無視して対抗したのだ。ヴァンダービルトはフルトンに真っ向から勝負を挑み、ニュージャージー州エリザベスからニューヨークまで低料金で蒸気船を走らせた。独占に対する挑戦を強調するため、自分の船に「ニュージャージーは自由でなければならない」と書いた旗を掲げた。その後、裁判所の判断によりフルトンの独占に終止符が打たれた。
独占がなくなったことで輸送量は大幅に増加し、蒸気船産業は飛躍的に発展した。ヴァンダービルトはその後も、政治家へのロビー活動に精を出す同業他社との競争にさらされたが、負けることはなかった。相手が補助金に伴う規制のせいで、非効率な経営に陥ったためだ。
市場起業家と政治起業家
多くの歴史家は、この時代に活躍した起業家を、顧客を犠牲にして儲けた「泥棒男爵」と呼ぶ。これに対し米シンクタンク、ミーゼス研究所の所長で経済学者のトーマス・ディロレンゾ氏は「重要な区別ができていない」と批判する。その区別とは「市場起業家」と「政治起業家」の違いだ。
市場起業家は政府の支援なしに、品質が良く、価格の安い製品を自由な市場で売ることで、経済的に成功する。これに対し政治起業家は、政府に影響力を及ぼし、自分の事業や業界に補助金を出させたり、競争相手が不利になる法律・規制を作らせたりすることで、成功を収める。
米経済にはいつも、たたき上げの市場起業家と、政治的な悪だくみにたけた政治起業家が入り混じってきた(日本も同じだろう)。ときには、一時は市場起業家として成功し、のちに政治起業家に転じる人々もいる。それでも両者の区別は重要だ。市場起業家が純粋な資本主義の特徴であるのに対し、政治起業家はそうではない。むしろ、政治が経済を主導する「新重商主義」の特徴といえる。政府と企業が癒着した「縁故主義」といってもいい。
たしかに、十把ひとからげに「泥棒男爵」と呼ばれた起業家の一部は、顧客を犠牲にして儲けたが、彼らは市場起業家ではない。たとえば、セントラル・パシフィック鉄道の創業者リーランド・スタンフォードだ。カリフォルニア州知事と連邦上院議員を歴任した政治力を利用して、競争を制限する州法を成立させ、独占で儲けた。政治起業家の典型だ。
政治起業家の不正に大衆の怒りが向かうのは当然だが、不幸なことに、その怒りは、政治に頼らず成功した市場起業家にも向かってしまった。「この重要な区別をしそこなった(あるいはしたくない)歴史家たちのせいで、多くの米国人は米国の資本主義について誤った見解を抱いている」とディロレンゾ氏は指摘する。
この誤った見解を広めたきっかけは、マシュー・ジョセフソンというジャーナリストが米大恐慌さなかの1934年に出版し、ベストセラーになった著書「泥棒男爵」だ。ジョセフソンは社会主義思想家マルクスに影響され、資本家の強欲や浪費が大恐慌を起こしたと主張。そのルーツは19世紀後半の起業家たちにあると説いたが、「市場起業家と政治起業家の区別を見誤り、ひとくくりにしてしまった」。歴史家バートン・フォルサム氏はそう説明する。
明治時代の私鉄ブーム
日本でもほぼ同時期の明治時代、インフラ整備に民間企業が活躍した。明治初期の鉄道はすべて官営だったが、西南戦争後の財政危機に対応した大蔵卿・松方正義による緊縮財政で、1880(明治13)年、東京~前橋間の官設鉄道敷設計画が取り消されたのをきっかけに、翌年、私設鉄道として日本鉄道会社が設立された。
同社の業績向上が引き金となって鉄道ブームが訪れ、1885〜92年には50社もの鉄道会社の設立が出願された。そのうち実現したのは阪堺、水戸、両毛、山陽、伊予、甲武、関西、大阪、讃岐、九州、北海道炭礦など14社にとどまるが、私鉄の営業マイル数は1320マイルと官設鉄道の550マイルの2倍余りに達した(宮本又郎他「日本経営史」)。
時代は下って昭和時代の1980年代、やはり財政危機への対応で国有企業の民営化が断行され、NTTや日本たばこ産業(JT)、JR各社が誕生した。平成に入って日本郵政も生まれた。民営化後の成功の度合いに差はあるが、いずれも株式市場で存在感を発揮している。
歴史が示すように、インフラ整備を含め、国有企業でなければできない事業はほとんどないし、むしろ競争にさらされる民間企業のほうが消費者を満足させる。日本の場合、財政危機が「官から民へ」の動きをうながし、民間企業や民営化企業が活躍するきっかけになってきた。
財政状況が一段と深刻になった令和の現在は、新たな転機になりうる。実際、NTTなど政府保有株の追加放出や、東京メトロ、商工組合中央金庫の株式売却計画が取り沙汰される。政府保有株の放出は、一時は株価の重しになるかもしれないが、経営の自由度が増せば成長の余地は広がる。政府の仕事だと信じられている道路、公園、上下水道、橋、港湾などの建設・運営も、規制さえ緩和すれば、民間でできない理由はない。
財政危機を契機に「官から民へ」の流れが加速すれば、禍を転じて福となし、日本経済に明るい展望が開けるだろう。