安倍晋三首相の正式な辞意発表を受けて市場の関心はポスト安倍に向かっている。各種報道によれば総裁選は一般党員の投票は行わず、両院総会で決める見込みで、派閥の力学が大きくはたらくことから菅義偉官房長官が有力視されている。8月31日付の産経新聞は、「菅氏出馬で情勢一変」と題し、参院竹下派では「菅氏の支援に回るべきだ」との声が出ているという。二階派(47名)は総裁候補がいないため、菅氏を支援してキャスティングボートを握る方針という。麻生派(54名)を率いる麻生氏は最近、菅氏に関して選択肢の1つと語りつつ、「乱世の岸田じゃない」とも述べたとのこと。
■ポジティブ予想の理由
こうした状況下、JPモルガン証券は31日付のリポートで「各種報道では菅官房長官を有力視する向きが多い」としながら、「後継総理・総裁が菅官房長官であれば、日本株市場にとってはポジティブ」と指摘した。理由として、①安倍政権発足以降一貫して官房長官として政権中枢に位置しており、基本的に安倍政権のマクロ経済政策運営を踏襲する可能性が高い点、②安倍政権における規制改革は菅 官房長官が担っていた面が強く、その路線を推し進めるのであれば市場から評価されやすい点、③党内基盤が強いため、安定した政策運営が期待される点――の3つを指摘。菅氏が首相になる可能性が強まれば、「日本株の調整は短期間で終息し、落ち着きを取り戻すと予想される。また、総理・総裁就任後に打ち出す具体的な政策次第では日本株の上昇要因となる可能 性もあるだろう」とし、概ねポジティブな影響を見込んでいた。
■ハト派になる可能性
28日時点のリポートで各社も冷静な見方を示していた。ゴールドマン・サックス証券は「安倍首相の退任によって、投資家が『アベノミクス』の終焉を懸念することで短期的には市場に悪影響が及ぶ可能性もあるが、積極的な財政・金融緩和を軸とする経済政策全体の方向性が大きく変化するとは考えにくい」と指摘。
野村証券は菅氏に関して「安倍政権時代の全世代型社会保障改革に取り組む一方、観光業の振興(カジノ解禁を含む)、携帯料金の引き下げといった政策も継続されると見られる」としながら、「菅官房長官は外相の経験はないものの、第2次安倍政権時に設置された国家安全保障会議を中心に、対米関係を重視した外交を行うと見られる」とし、外交面でも安定感があると指摘。その一方、「憲法改正は安倍首相の意思を引き継ぐと見られるが、観光振興もあり、中国や韓国との関係に配慮するだろう」とし、東アジア外交に関しては現政権よりハト派になる可能性もあるとみていた。
■内閣発足直後は株高基調
報道によれば、自民党は9月14日に両院議員総会で総裁選を実施する方針だという。17日に臨時国会を召集するといい、新型コロナ対策などで政治の空白が小さくなることが期待される。今回の安倍首相の辞任はサプライズ感のあるもので、第一次安倍内閣から福田内閣に移行した2007年9月当時を彷彿とさせる。当時は景気後退に向かいつつあり、翌2008年のリーマン・ショックにかけて株安基調が続いた。今回は新型コロナの景気後退からの回復局面で経済情勢が真逆であることから株安が進むことは想定しづらいが、2012年の第二次安倍内閣発足時、2007年の福田内閣発足時も含めて発足直後は株高基調にあっただけに、短期的に内閣の変わり目は強気で臨みたいところだ。
(QUICK Market Eyes 片平正二)