世界中に衝撃を与えた日産自動車のゴーン(Ghosn)会長による報酬過少記載事件。一見すると何の前触れもなかったように見えるが、ESGの観点でこの問題を振り返ると実は警鐘が鳴らされていた。
Quick Money Worldで21日に配信された「赤ランプが灯っていた「G」問題 暴走許した日産、甘々な統治」が分かりやすい。記事に掲載されたチャートでは2017年9月ごろから「ガバナンス(Governance)」が切り下がり始めた。
日産自と業種別株価指数「輸送用機器」を16年末を起点に相対比較したのが以下のチャートだ。17年秋ごろからパフォーマンスの差が開き始めている。
■日産自(グラフ赤)と業種別株価指数「輸送用機器」(グラフ紫)の比較
日産は既にESGの物差しでは投資の対象外になりつつあった。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が運用において採用しているESG指数の1つ、MSCIが算出する「MSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数」では18年5月に採用銘柄の定期見直しのタイミングで日産自を指数から除外した。
同指数はESGのレーティングで上位50%が組み入れの対象となる。もちろん、時価総額といった他の項目もあるが、日産自の場合はレーティングが50%未満のゾーンに低下したことで採用基準に抵触し除外された。
「ゴーン問題」が発覚する以前からMSCIでも日産自に対するガバナンスの評価は低かった。同社の言葉を借りると以下のようになる。
●ルノーによる株式支配(43.7%)、そして取締役会長がExecutiveであることから監督機能が働いておらず、マイノリティシェアホルダーの利益が阻害される可能性がある点。支配株主であってもマイノリティーシェアホルダーの利害も考慮するガバナンスの仕組みであればよいが、日産はそのような仕組みとしては足りなかったといえる。
●Entrenched Board(年齢、在任期間などの観点から固まった取締役会)であったこと(メンバーの22%が70歳以上、ゴーン氏含め22%が15年以上の在任期間であった)。
●取締役会過半数独立性を満たしていたないこと。特にガバナンスコードが発効された15年以降もMSCI基準を満たす独立社外取締役を任命しておらず、さまざまな不祥事が発覚したのちの18年にて初めて独立役員を任命したという状況で、非常に社外の目が届きにくい取締役会であったことが想像できる。
これらを踏まえ今年9月にはESGレーティングを「シングルB」から「トリプルC」へと1ノッチ引き下げたばかりだった。この水準はグローバルで見た自動車セクター内の最低水準だ。
一方、GPIFが採用している別のESG指数である「FTSE Blossom Japan Index」では現在も日産自は採用銘柄だ。指数を算出するFTSEラッセルによると「同指数で臨時の入れ替えを実施した実績はないものの、ルール上は可能」だという。
またGPIFは今年、炭素効率の優れた企業に重点投資する新たな運用を始めている。採用した指数「S&P/JPXカーボン・エフィシェント指数」にも日産自は組み込まれている(参考記事:9月23日付、日本経済新聞)。
遅かれ早かれ日産自がこれらの指数からも除外される可能性はある。同社株への機械的な売りが一巡したと見るのは早計で「機動的に動けない投資家もいる。『ゴーン問題』を反映する形でレーティングが引き下げられたり指数から除外されるタイミングでも売りが出てくる」(トレーダー)との指摘があった。
ESGが今回の「ゴーン問題」を予見していたわけではなく、あくまでガバナンスの問題点を指摘していたに過ぎない。しかし、ESG投資が普及するにつれ、レーティングの低い銘柄を敬遠する年金基金といった投資家は増える一方だろう。
そうなると「ESG投資適格銘柄」に対し「非適格銘柄」は相対的にアンダーパフォームする可能性が出てくる。決算などの直接的なファンダメンタルズ分析は今後も重要だが、中長期的な需給要因としてESGのレーティングに関心が集まるかもしれない。(岩切清司)
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