スタートアップ企業の活動が注目される自動運転技術だが、特許の出願では既に日米大手メーカーが逆転、その優位性が鮮明になりつつある。今後も続く巨額の投資負担を考えると、大手メーカーの技術的優位はさらに強まり、中堅以下のメーカーは大手との技術提携を急ぐステージに入る。スタートアップ企業は正念場で、そろそろ「身売り」の話がでてくる時期になった。
日米の自動車大手が技術開発を主導~正念場のスタートアップ
AIPE認定 知的財産アナリスト=鳥海博、証券アナリスト=三浦毅司
企業評価への視点
- 自動運転技術では自動車大手メーカーの特許出願件数が急増してスタートアップ企業を逆転。年間1兆円もの研究開発負担を考えると、今後の主要プレーヤーはトヨタ自動車(7203)、ゼネラル・モーターズ(GM)、フォードモーター(F)、ホンダ(7267)など日米大手に限られる。日産自動車(7201)、ルノー(RNO)、三菱自動車(7211)連合は経営統合が鍵を握る。
- 欧州・中堅・新興国企業は大手との技術提携を急ぐ。自動車メーカーのみならず、部品メーカーや新規参入企業を巻き込んだアライアンスの拡大が進む。
- 大手自動車メーカーが自動運転開発を本格化させた結果、スタートアップ企業の収益機会は縮小する。
第1章 自動運転を取り巻く特許出願
1. 件数トップはフォード
センサーや地図情報、外部情報を処理して最終的に自動運転を行う技術についての特許出願件数は、ここ数年で飛躍的に増加している。自動車メーカーは2020年の完成、2030年代の実用化を目指しており、今後とも特許出願は増加を続けるだろう。
■自動運転に係る特許出願件数
出所:正林国際特許商標事務所
出願件数のトップ4は、フォード、Waymo(Google)、トヨタ、GMだ。それにUBERやホンダが続く。センサーや通信技術の開発の先が見通せるようになり、それらの完成を前提とする自動運転技術の開発が、大手自動車メーカーにおいて本格化している。
非自動車メーカーの出願も増えてきている。一度は落ち着いたかに見えたWaymoの出願が増加に転じ、UBERも増加している。次世代通信規格「5G」の整備や半導体の集積度向上などを背景に、データ処理の技術開発が再び活性化してきた。自動車、非自動車メーカー双方の目指す方向性は一致している。
WaymoやUBERなどのスタートアップ企業にとって、自動車メーカーが開発に本格的に乗り出したことはマイナス材料だ。自動車を製造しないスタートアップは自動運転システムを自動車メーカーに売って収益を上げるビジネスモデルを目指すわけだが、自動車メーカーは基幹技術は自社開発し、周辺技術だけを外部から購入するようになるだろう。スタートアップにとって、周辺技術だけでは研究開発費を回収できない可能性が高く、今後の自動運転技術開発は自動車メーカーを軸に展開していく可能性が高い。
■主要プレーヤーの自動運転特許出願件数
出所:正林国際特許商標事務所
2. 「日産連合」は経営統合が必要
売上高の順位に比べて特許出願順位が高いフォード、GM、ホンダ、現代自動車などは、今後の新技術開発の過程で市場シェア拡大の期待が持てる。一方、全体的に欧州や中国勢は特許出願順位が低い。ただ中国企業は、国内市場で稼ぐ圧倒的なボリュームのキャッシュフローで研究開発予算を確保するのに加えて、国を挙げた開発支援によりキャッチアップできる可能性もあり、今後の特許出願動向が注目される。
日産・ルノー・三菱連合は売上高でみると世界2位だが、特許出願件数では8位と順位を落とす。これは個々の企業規模が大手メーカーに比べると小さいからだ。今後の研究開発を考えると、早急な経営統合が必要だと言える。
■売上高上位の自動車メーカーの特許出願順位
出所:各社決算資料を基に正林国際特許商標事務所作成
3. 研究開発費は1兆円規模に
自動運転技術の特許出願は日米メーカーが先行している。このもっとも大きな理由は収益力だ。
自動運転やEV(電気自動車)の開発などで、大手自動車メーカーの年間の研究開発費は1兆円近くに膨らんでいる。この金額を負担し続けられる体力があるのは、売上高からみて大手に限られる。売上高で世界7位のホンダでさえ、2018年10月にはGMと自動運転で提携することを発表したのは、この開発競争が如何に熾烈なものかを表している。
自社開発が難しい中堅・新興国企業は生き残りのために大手との技術提携を急ぐことになる。こうした流れが業界再編につながる可能性も大きい。
■大手5社の研究開発費
出所:各社決算資料から正林国際特許商標事務所作成
第2章 大手自動車メーカー中心の体力勝負に
1. 欧州勢はアライアンスに活路
日本の大手自動車メーカーは売上高・利益ともに大きくかつ安定しており、研究開発費の負担に耐えられる財務的余力が大きい。トヨタを筆頭に、次世代の自動車を見据えて技術開発を続けてきた結果と評価できる。
一方、米国大手メーカーの出願件数が多いのは、最近の好調さを反映している。世界、特に新興国での好調な販売の恩恵を受けた結果、ベースとなる利益水準は大きく改善した。フォードやGMの場合は、スタートアップの自動運転技術開発が活発化し、それに煽られた面もあったが、巨額の研究開発費を負担できた。両社とも業績好調なうちに大胆なリストラを発表するなど、着実に将来の研究開発費の資金を確保している。
欧州メーカーでは、VWやダイムラーなどの大手が研究開発余力がある。ただし、日米に比べて出遅れた形になっており、キャッチアップまでの時間的余裕はない。自社開発が難しい中堅・新興国企業に加え、欧州勢も日米大手との技術提携を急ぐことになるだろう。さらに、自動車メーカーのみならず、部品メーカーや新規参入企業を巻き込んだアライアンスの拡大が進むだろう。
■大手5社の税引前損益
出所:各社決算資料から正林国際特許商標事務所作成
2. 制度・規格整備の遅れもリスク要因
もっとも自動運転の研究開発には懸念材料もある。
まずは業績面。世界的な貿易摩擦により自動車の販売台数が落ち込んだり、金利上昇により各社の金融部門の収益が悪化したりする可能性がある。業績の落ち込みはそのまま研究開発費の見直しにつながり、技術革新ペースがスローダウンしかねない。
2つめがインフラ面だ。交通規制の見直しが進まず公道での実用化が遅れる、5Gの基準作りや高速データ通信の実現が遅れる、などのことがあれば、巨額の研究開発投資の改修時期も大きく影響を受ける。投資回収に時間がかかれば各社の技術開発ペースもスローダウンする可能性がある。
3. スタートアップの苦悩
新技術で脚光を浴びたスタートアップ企業は曲がり角に来ている。大手自動車メーカーの開発本格化により、研究開発投資資金を回収することが難しくなってきた。自動車メーカーのオープンイノベーション戦略もスタートアップの資金回収を難しくしている。自動車メーカーは広く新しい技術を求める意向で、スタートアップ企業にとっては技術価値のダイリューション(希薄化)につながる。そろそろ大手への会社売却の話が出てくる時期になった。
(2018年12月12日)
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