【NQNニューヨーク=横内理恵】一部の銘柄が個人投資家の共闘買いで急騰した昨年1月下旬の「ゲームストップ狂騒曲」から1年がたつ。個人の投機過熱で株価は激しく乱高下し、米規制当局や議会を巻き込む社会問題となった。だが投資環境が大きく変化し、ブームはすっかり下火になった。市場を揺さぶった騒動はなんだったのか。
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■一時は米国で社会問題化
2020年末からにわかに盛り上がり始めた個人投資家の投機ブームに火が付いたのが昨年1月下旬だった。代表格がゲーム専門店のゲームストップ株だ。昨年1月25日に前日比で2.4倍、同27日には2.6倍に暴騰。株価水準は20年末から最高で26倍に上昇した。投資対象の銘柄は「ミーム株(はやりの株)」と名付けられた。
ヘッジファンドによる空売り残高が積み上がった銘柄に狙いを付け、個人投資家が集団で買いを仕掛けて踏み上げを誘った。現物株だけでなくオプションのコール(買う権利)の買いを組み合わせ、津波のような買い注文を浴びせた。個人投資家らはインターネット掲示板「レディット」を通じて情報を共有し「共同戦線」を張っていたのが特徴だ。
騒動は当局や議会も巻き込んだ。個人投資家の多くが利用していたネット証券のロビンフッド・マーケッツが昨年1月28日、手元資金不足を理由に顧客の買い注文の受け付けを一時停止し、ゲームストップ株は最高値を付けた直後に7割急落した。度を超したマネーゲームが市場全体に波及し、ミーム株の乱高下は数カ月続いた。投資家保護の観点から事態を重くみた米議会は関係者を招いて公聴会を開き、対応を協議した。
■ミーム株現象は下火に、カネ余り解消も背景に
あれから1年たったが、個人の株売買やネット証券への規制強化は特に進んでいない。ただ、共闘買いは起こりにくい環境になっている。損失を警戒するヘッジファンドは売り残を積み上げるのに慎重になった。新型コロナに対応した米政府の現金給付や失業手当の増額措置が終わり、昨秋から米連邦準備理事会(FRB)が急激にタカ派姿勢に傾いたのも大きい。
米証券ミラー・タバックのマシュー・マリー氏は「FRBが金融引き締めに動く見通しが強まり、市場に滞留する余剰資金が減る傾向にある。機関投資家だけでなく個人も運用リスクを削減しており、アップルなど財務体質の良い銘柄に資金を移す動きが強まっている」と指摘する。
ハイパーグロース株、特別買収目的会社(SPAC)、新規株式公開(IPO)株、ビットコイン――。昨年まで盛り上がったハイリスク資産への投資熱は軒並み冷え込み、相場は右肩下がりが続く。ミーム株もその1つといえる。超低金利と政府による巨額の経済対策がもたらした「あだ花」だった面は否めない。
ゲームストップ株も昨年のブームのさなかに付けた最高値から5分の1に下がり、今年に入ってからだけでも3割近く下落した。供給網の混乱の影響で最終赤字が拡大しており、ネット通販などに軸足を移すデジタル戦略も思うように進んでいない。実態のない株高だったのは明らかだ。昨年7月にIPOしたロビンフッドの株価も上場直後の人気は立ち消え、公開価格から6割以上下がっている。
■ロビンフッドが変えた個人の投資行動
レディットや動画投稿サイトでゲームストップなどの買いをあおったとして昨年2月に米議会下院の公聴会への出席を求められた個人投資家のキース・ギル氏は表舞台から姿を消した。だが、ロビンフッドが個人の投資行動を変えた事実は揺らがない。同社の口座数は昨年9月末で2240万口座と1年前の2倍に膨らんだ。スマートフォンでの手数料無料の株売買を可能にし、他のネット証券も手数料無料化で追随した。
ブロック(旧スクエア)など決済サービス大手の金融取引への参入も活発だ。気軽に少額から取引できるプラットフォームが主流になり、若年層を中心に投資への抵抗がなくなっている。ミーム株ブームは下火になったが、投資環境が改善すれば再点火する素地は残っている。