日経QUICKニュース(NQN)=菊池亜矢
新規株式公開(IPO)支援に積極的に関わる部署が信託銀行にもあることをご存じだろうか。信託銀行は株主名簿を管理するのが主な役目だが、同時に資本政策や資金調達にもアドバイスが可能な立場にいるだけにIPOを進める過程で欠かせない縁の下の力持ちのような存在だ。今回は入行以来ほぼIPO一筋という三菱UFJ信託銀行の内田雄太さんに話を聞いた。
三菱UFJ信託銀行 内田雄太氏
うちだ・ゆうた 2005年3月に九大経済学部を卒業し、同年4月にUFJ信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)に入行。口座開設など銀行事務に携わった後、法人融資を担当した。06年7月から九州法人営業部(現福岡支店)で本格的に証券代行営業のキャリアをスタートさせ、11年10月に東京に移り、19年4月から証券代行営業推進部IPO支援室上場支援第1課の主任調査役。これまでに手掛けたIPO案件は約50件
内田さんは「信託銀行の本業の1つである証券代行の事務を確実に遂行するなかでお客様に頼ってもらえる流れを作っていく」をモットーに証券会社や経営者と積極的に情報交換する。経験を積むにつれて各業界での知名度を上げ、いまではIPOを検討している企業から直接指名を受けることも少なくないという。
華やかな印象と逆、株式事務は基本のキ
――ほぼ一貫して証券代行に関わる業務を担当してきたそうですね。
「入行2年目からずっとです。証券代行を志望して信託銀行に入ったので、他の人に比べるととても早く望みがかないました。IPOといえば私自身が学生のころそうだったように、会社社長と一緒になって資本政策や調達について議論を交わし、最適な方法で上場を実現するといった華やかで格好いいイメージをもたれるかもしれません。ですが、実際の仕事はもっと地味なもの。実際に業務に携わって初めて、事務が基本中の基本であると知りました」
「株主名簿管理人として顧客から委託され、名簿の書き換えをはじめ株式にまつわる事務の一切を引き受けます。若いころは事務作業の単調さに対する不満が顔に出ていたかもしれません。駆け出しの6年半をすごした福岡で、あるお客様から『担当者を変えてほしい』と言われたことがあって、すごくショックでした」
「福岡での基礎固めの時期、様々なお客様に指導してもらった恩は忘れられません。2009年には新しい会社法に移行し、株主名簿が電子化するなど、実務面でも新しい法律やテクノロジーに即して対応するすべを学べました」
公開企業に出向、顧客の側から実務経験も
――具体的に案件がスタートすると、どんな形で関わっていくのですか。
「行内ではちょっと特殊な例になるのですが、大型案件で発行企業に出向した経験があります。発行体の側からIPO実務を経験できたわけです。自分に足りなかった部分がはっきり分かり、貴重な経験になりました」
「大事なのはコミュニケーションの方法です。例えば、期日に対するやり取りで銀行は不測の事態も想定し、ある程度余裕をもって確実な日を設定しようとします。一方、変化の激しいベンチャー企業ではスピードが大事。次の作業に移るタイミングを早く見極めるため、ある程度大まかなレベルでもいいからと、早めの時間軸で期日設定や回答を求めます。これは出向していなければわかりませんでした。ボタンの掛け違いを生じさせずに、一段と良好な関係を築くためのノウハウを身につけられたと思います」
「上場する際には証券会社と監査法人、信託銀行を選定する必要があります。証券会社が大枠の計画を作り上げた後、監査法人は会計上の問題点を精査し、信託銀行は株主名簿管理人の立場から実務的な見地で助言をしていく流れですね。信託銀行は誰にどのくらいストックオプション(株式購入権)を割り当てられるか、上場審査に堪えられるかなど、発行体が思い描く資本政策を可能な限り実現するよう支援する役割を果たします」
「もちろん、望んだ案件すべてで選ばれるわけではありません。敗因分析は徹底的にします。けれども、いつも『やり尽くした』といえるレベルまで自分を追い込むため後悔はないですね」
「銀行は何かと遅い」を覆す意識、常に
――最近の顧客ニーズに変化はありますか。
「低金利環境が長期化しているので、IPOと銀行からの間接調達をはかりにかけて後者を選ぶ顧客もけっこういます。またIPO後の必要経費を考え、エクセレントカンパニー(優良企業)でもIPOを見合わせることはありますね」
「海外調達を選択する経営者もいます。IPOを見送る企業が増えているとまでは思いませんが、情勢を慎重に見極めようとする経営トップは確かにいると感じます」
――心がけていることはありますか。
「まず、事務なら安心して任せられると感じてもらいたい。確実なのはむろんのこと、『銀行は何かにつけて遅い』との先入観を覆すぐらいの高速での仕事を心がけています。メールの送信1つでも正確さと速さを常に意識しますね」
「IPOは金の卵を探しに行くようなもの。『エッジ』の効いたベンチャーや最先端IT(情報技術)企業の経営者と直接にやり取りできるのはこの仕事ならではでしょう。自分が持っていない視点に気付き、マインドセットを更新する毎日です」
「企業経営者や幹部は横のつながりも強いので信頼を一度失うと回復は難しい。『三菱UFJ信託の内田さんにお願いしてみたら』と紹介してもらえる好循環を作り出したいと思います」
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