日経QUICKニュース(NQN)=菊池亜矢
みずほ銀行 工藤弘史氏
くどう・ひろし 2008年九大卒、同年4月にみずほ銀行入行。江戸川橋支店や虎ノ門支店で融資営業を担当した後、行内の「ジョブ公募」に志願して14年にプロジェクトファイナンス営業部プロジェクトファイナンス第二チームに移る。15年7月から調査役。16年3月に組成した総額約1900億円と国内案件としては過去最大規模となる関西国際空港と大阪国際空港特定空港運営事業に対するファイナンスにも携わった
インフラ整備などの大型事業にかかわる資金調達を担うプロジェクトファイナンス(PF)。国内で2012年以降、PFの累積組成額べースで首位に立つみずほ銀行の「ホープ」と称されるのが工藤弘史さんだ。法学部や経済学部出身が多い銀行では異色の存在といえる農学部出身で、担当6年目に入った工藤さんは「顧客の期待値を常に超えるような提案や(要望への)対応を続け、リスクを徹底的に管理して進めてきた計画が目に見える『形』になる。それが仕事の醍醐味です」と生き生きと語ってくれた。
融資は数十年単位、徹底的にリスク洗い出し
――プロジェクトファイナンスを分かりやすく教えてください。
「明確な定義はありませんが基本的には文字通りで、『特定のプロジェクトにファイナンスを付ける手法』です。返済原資は対象となるプロジェクトだけ。融資資金の回収も担保の実行もそのプロジェクトから生じるものに限られます。20~30年の長期融資が基本で、何よりも安定性が重視されます」
「銀行の役割は大きく分けて2つです。1つは事業会社と一緒になってプロジェクトの枠組みを作る設計段階でのファイナンシャルアドバイザー(金融面からの支援)の役割。もう1つは融資可能な状況になったときに計画の実現可能性を精査したり、計画の仕様や契約を他の金融機関に説明したりするアレンジャー(とりまとめ)の役割です。いま在籍している部署は国内案件に特化しており、メガソーラーや風力などの発電所やインフラ関連事業がメインで、だいたいファイナンシャルアドバイザーとしての案件を1~2件、アレンジャーとしての案件を4~5件、同時進行で抱えています」
――プロジェクトファイナンスのメリットは何でしょう。
「すべてを通常のコーポレートファイナンス(企業向け融資)でまかなうこともできるでしょう。ただプロジェクト単位の融資にすれば、事業会社は万が一の不測の事態が起きたときに出資額以上の責任を負わなくて済みます。融資を併用することによるレバレッジ(てこ)効果もメリットでしょう。例えば100億円規模のプロジェクトで20億円のエクイティ(自己資本)に対し、デット(負債・銀行融資)で80億円出せれば資本の効率性は増します」
「貸し手の金融機関としては、プロジェクトがうまくいかないと返済を求められなくなる恐れがあるため、徹底的にリスクを洗い出さなければなりません。確かに手間もかかれば『リーガル(法務)コスト』など外部のコンサルタント(専門家)にお願いするための費用も相応に大きくなるので、プロジェクトの規模が小さいと手間とコストを吸収しきれない面はあります。それでも超低金利環境の長期化が懸念される中、数十年単位で安定的なリターンが得られるのは銀行にとって代えがたいメリットです」
発電技術から会計・税務まで幅広い知識が不可欠
――営業をし、融資を進めていくうえでどんな苦労がありますか。
「実務ではかなりの分量の契約書をやり取りします。案件によりますが30本近い契約書を精査するでしょうか。契約書1本あたり、多いもので150~200ページくらいあります。ほかにも数十年にわたる工程表に、その時々の資金の流れや収益・損益状況などを照らし合わせながら、とても細かな出納帳のようなエクセル(表計算ソフト)のスプレッドシートとにらめっこになることが多いです」
「支店で得意先営業をしていたころはほとんどは企業の財務担当者と一対一で仕事をしていたのですが、いまは企業の事業担当者を中心に、例えば建設会社や保険会社、設備の運営・維持管理のオペレーターなど関係者数は圧倒的に増えました。事業の専門家らと一緒に仕事をするため金融の知識は当然ながら、発電所であれば発電技術や仕組みといった事業そのものの知識も欠かせません。契約書のやり取りには高度な会計や税務知識も必要です。専門分野の情報を常にアップデートして取り入れるのは大変だと感じる半面、面白くもあります」
アイデア総動員、計画実現の「最適解」を
――どのようなことを心がけていますか。
「チームのスローガンは『(顧客の)期待値を超えよ!』。自分のモットーも同じです。いかに柔軟な発想で顧客が求めているレベルを超えられるかが腕の見せ所だと思っています」
「国内でのプロジェクトファイナンスはエネルギーとインフラに関わる案件が主で、国の政策に左右される面も大きい。銀行から『こういうプロジェクトを実現しませんか?』と提案するものではなく、受動的な業務かもしれません。ただ計画が持ち上がった段階でひとたび接点ができたら、アイデアを総動員して計画実現のための『最適解』を早く提供するという点で、これまでの営業と何ら変わりはないと思っています」
――とはいえ、モノが大きいだけに一筋縄ではいかないんじゃないですか。
「大切なのはファイナンスの対象プロジェクトのリスクをいかに残らないようにするかです。事前にリスクを排除し、同時にリスク回避の善後策をいくつも考えておく。手元の預金を積んでおくとか保険を掛けておくとか、うまくいかなくなったときの備えを万全にしておくわけですね。ノウハウが既に確立している手法だけに、まっとうにやっているだけでは何の付加価値も提供できません」
「発電所やインフラ事業は用地確保がまず重要です。土地を購入するとか、賃借権を締結したうえで登記するなどしますが、広大な土地の一部が相続上の関係などで購入も登記もできないとなるとどうするか。一部が利用できない可能性を明確にするだけでなく、土地が使えなくなるリスクを回避するためにあらゆる手段を考えます」
「ゴールに対していかに『ニアリーイコール』(ほぼ到達)の状態に近づけるか。これまでの正攻法に固執せず、機動的にリスクを減らせるかどうかがアピールポイントになってきます。熱意で飛び込んできたプロジェクトファイナンスの世界、社会性が高い大規模案件に携われる満足感は思い描いていた通りでした。道路や空港、発電所など出来上がった物を目にすると苦労も吹き飛びますね」
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