証券アナリスト=三浦毅司(日本知財総合研究所)
大都市圏を中心に非常事態宣言が出され、猛威を振るう新型コロナウイルスの脅威を再認識させられた。SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、新型インフルエンザとウイルス性疾患は毎年のように話題になるのに、なぜ新薬の開発が遅れたのか。抗ウイルス剤の開発が極めて難しいという事実に加え、製薬会社にとって開発投資の回収が難しい現実があったからだ。
今回は違う。ここまで患者数が増えると患者数はHIVに匹敵し、大手が新薬を開発しても採算の取れる規模となった。官民あげての財政支援が開発を後押しし、メガファーマを軸として新薬開発が加速するだろう。
今までがんの新薬開発が脚光をあびる陰で、感染症を対象とする「インフェクションバスターズ」には開発資金が回らず、研究開発も遅れ気味であった。今回の新薬開発は、抗ウイルス剤メーカーの復活ののろしとなる。
新型コロナウイルスを含むウイルス性疾患は、ほとんどの疾病において特効薬がなく、開発対象はHIVウイルスなどに限られてきた。製薬会社にとって抗ウイルス薬の開発が難しいのは以下の理由がある。
①開発が極めて難しい
ウイルスが持つ独自のタンパク配列が異なれば薬が効かず、変異も多いため効果測定が難しい。臨床試験に入っても、薬の効果を特定しにくい。細菌と異なりウイルスは細胞に取り込まれているためウイルスだけを攻撃することが難しく、副作用に十分な注意が必要である。
②患者数が少ない
開発費が高騰する一方でウイルス性疾患の患者数は少ない。2003年、2012年に猛威を振るったSARS、MERSも報告された患者数は1万人以下であった。
現在、抗ウイルス薬として各社が取り組んでいるのがHIV薬で、患者は年間180万人程度と推定される。今回の新型コロナウイルスの患者は全世界で120万人を超え、まだ増え続ける見込みであり、新薬開発の対象となる患者数は超えたとみられる。
③流行期間が短い
薬の開発から承認までは長い時間がかかる。HIVのような慢性症と違い季節性の強いウイルス性疾患だと、開発が終わって認可されたころには流行が終焉している可能性がある。
こうした理由で抗ウイルス薬の開発は後手に回っていたが、2015年頃から特許出願件数は急増に転じた。これは米国におけるインフルエンザの大流行を背景とするインフルエンザ薬の需要に加えHIV、ノロウイルスなど多様な抗ウイルス剤への出願がけん引してきた。ただ、残念ながらコロナウイルスにまでは手が回らなかった。
■抗ウイルス剤関連特許の出願件数
出所:PatentSQUAREのデータを元に日本知財総合研究所作成
新型コロナウイルス薬は世界のメガファーマが開発に乗り出したという報道がなされ、日本でも富士フイルムホールディングス傘下の富士フイルム富山化学が生産するアビガンへの期待が高まる。もともと難しい抗ウイルス剤の開発ということもあり、最終的な認可までは紆余曲折があると想定される。
ただ、今回は官民あげての財政支援への期待に加え、採算の取れる患者数になり、製薬会社の意気込みが違う。これを契機に抗ウイルス薬全体の開発体制の強化が期待できる。
抗ウイルス剤の有力特許はノバルティスを始めとする欧米大手が多く保有している。今後も新薬開発もこうしたグローバル大手を軸に進んでいくと思われる。
■抗ウイルス剤有力特許保有企業(国内)
出所:PatentSQUAREのデータを元に日本知財総合研究所作成
日本企業は武田薬品工業を除いて大手はあまり入っておらず、比較的少ない予算の中で産学一体となって開発が進められてきた。それでも多くのシーズが積みあがってきており、今回、巨額の研究開発予算が付くことで開発に弾みがつくと期待される。(2020年4月9日)
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