新型コロナウイルスを巡る混乱の後に訪れるであろう社会や経済の「ニューノーマル」(新常態)。これを見据えた戦略作りがシンガポールでも始まっている。前日までに伝わった主要閣僚の発言からみえてくるのは、医薬品などの部門で国際貿易のハブ(中枢)機能を保ちつつ、新たな成長分野を発掘して政府主導で育てていくとの強い意志だ。国内では金融サービスのデジタル化が一段と進み、銀行セクターに追い風になるとの声が出ている。
■デジタル技術の活用拡大
6月15日のシンガポールの銀行株は日本などのリスク回避の流れが波及してさえないが、「経済の回復局面で相場連動性の高い銀行株はアウトパフォームする可能性が高く、利回り水準も魅力的」(大和キャピタル・マーケッツシンガポール)といった先高観が根強い。シンガポールでも金利は既にゼロに近く、貸し出しなど従来の延長線上では安定した収益の確保は難しい。銀行も投資家もデジタル技術の活用拡大というシナリオで意見が一致している。
中国のような自国通貨や紙幣への信認が強くない国では放っておいてもデジタルへと移行していく。一方、シンガポールでは高齢者世代を中心に「機械の使い方がわからない」「いまのままで十分」との考えが主流で、デジタル化を阻んできた。だが、人の接触や外出、企業活動を厳しく制限する「サーキットブレーカー」を導入して以降、国民は嫌でもオンラインのサービスを使わなければならなくなった。国内の至る所にリアル店舗や従業員を抱えて「しがらみ」の多い大手銀行も、ここぞとばかりにデジタル改革を加速している。
■金融大手は?
シンガポールの金融大手オーバーシー・チャイニーズ銀行(OCBC)は4月、オンラインで富裕層向けの運用助言事業を始めたところ、最初の10日間で商品販売がそれまでに比べて45%増加したという。OCBCは「非対面型サービスへの顧客の好意的な反応を示している」と手応えを感じたようで、行動規制の緩和で対面営業が可能になった後もオンラインサービスの提供を続ける構えだ。OCBCはコロナがデジタル化を後押ししているとして、支店網の縮小を急ぐ方針も示した。
最大手のDBSグループ・ホールディングス(DBS)では「コロナショック」の3月を含む1~3月、オンラインでの株式取引の手数料収入が前四半期の倍以上に増え、オンライン決済も大きく膨らんでいた。ピユシュ・グプタ最高経営責任者(CEO)は「今年予定していた(デジタルサービスの)機能の導入を早め、大規模なオンライン口座開設機能など、これまで検討していなかった機能拡充にも踏み切った」と話す。
米格付け会社S&Pグローバル・レーティングは「シンガポールではデジタルバンキングやオンライン決済の利用が急増し、高齢者層も多かった」と指摘する。S&Pは周辺国に比べて少子高齢化の進行度合いが速いシンガポールでは支店縮小などの動きは鈍いと分析していたが、コロナの影響で、こうした前提を改めなければならなくなったようだ。
■日々の生活に欠かせず
シンガポールでは現在、スーパーなどの店舗やオフィスに入る際には政府開発の携帯電話アプリ経由での認証が必要となる。国民の行動を把握する目的で新規のデジタル端末を取り入れる計画もある。日々の生活にもはや先端テクノロジーは欠かせない。
シンガポール政府はネット専業銀行の免許を新たに交付する予定で、金融業への門戸をIT(情報技術)企業などにも開放しデジタル金融を促進する意向だ。国民心理の変化と政府による後押しが金融デジタル市場の拡大を促そうとしている。(NQNシンガポール 村田菜々子)