筆者が米国を拠点にしてから20年近くがたつ。大抵のことでは驚かなくなったが、いまだに新たな発見がある。「RBG」の人気の高さもその1つだ。
RBGとは、米国最高裁判所のルース・ベイダー・ギンズバーグ判事の愛称だ。がんを患い、9月18日に87年の生涯を終えた。女性の権利をはじめ平等と自由のために一生を捧げたリベラル派の判事で、筆者がRBGを意識するようになったのは2018年に制作された「RBG 最強の85歳」との日本題がついたドキュメンタリー映画をみてからのことだ。主要メディアがRBGを頻繁に取り上げる理由がわかった。
これは第91回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされ、RBGの人柄と人生が興味深く描かれた。オリジナルの題名は「ノートリアス RBG」。ノートリアスを直訳すると「悪名高い」になるが、ラップ・アーティストの愛称からヒントを得たことを面白がり本人が受け入れた。RBGは法曹界だけでなく、アメリカのポップカルチャーのアイコンにもなった。彼女の死去を受け、アマゾン・ドットコムではRBGに関する複数の書籍やRBGロゴがついた黒いマスクがベストセラーになり、他の電子商取引サイトではRBGのTシャツやマグカップが売れている。
RBGの死去をめぐるニュースはソーシャル・メディアでも拡散した。シニア世代だけではなく、想像を超える数の大学生や高校生が哀悼の意を表した。RBGの愛用した黒縁のメガネと黒い衣装の女性を映した写真や動画が共有された。人気ぶりに正直驚いた。全米公民権運動で知られるジョン・ルイス下院議員が7月に死亡した際も全米が揺れたが、RBGの死去は次元が違うといえるほど全米が動揺した。
首都ワシントンもRBGの死去に揺れた。定員9人の最高裁の判事は、保守派5人、リベラル派3人になった。共和党は保守派の判事を11月の選挙前に補足したい意向だが、民主党が批判する。民主党のバイデン大統領候補は後任候補指名を急ぐトランプ氏を「政治的な実力行使」と非難し、大統領選後の手続きの重要性を主張した。
最高裁判事の任期はない。死去もしくは弾劾されなければ一生に渡り判事の職が保証される。共和党が保守派判事の承認に成功すれば、バランスが崩れ、米国が長期にわたり保守化する可能性がある。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、選挙で民主党が勝利しても大きい圧力を受けると伝えた。
米公共ラジオNPRは「後任選びは選挙の後で」との遺言をRBGが残したとの孫娘の話を伝えた。ニューヨーク・タイムズによると、トランプ氏は「民主党のでっちあげ」と無視した。RBGの死をきかっけに最高裁の政治化が加速した。
(このコラムは原則、毎週1回配信します)
Market Editors 松島 新(まつしま あらた)福井県出身、慶應義塾大学卒。1985年テレビ東京入社、報道局経済部を経てブリュッセル、モスクワ、ニューヨーク支局長を歴任。ソニーを経て2011年からマーケット・エディターズの編集長として米国ロサンゼルスを拠点に情報を発信