11月2日の東京株式市場でKDDI(9433)株が大幅に上昇した。前週末の10月30日、2020年4~9月期の連結決算の公表と同時に、2000億円の自社株買いを実施すると発表したためだ。規模やタイミングがサプライズとの見方から買いが優勢になったが、政府による携帯電話値下げ圧力の逆風が吹くなか、通信事業の先行き不透明感はまだ払拭できていない。
■自社株買いとトヨタの追加出資
この日のKDDI株は大幅続伸し、一時前週末比153円50銭(5.5%)高の2946円と、9月11日以来およそ2カ月ぶりの高値を付け、株価チャート上で大きく「窓」を開けた。終値も4.6%高の2921円だ。買い材料は自社株買いの発表で、発行済み株式総数の3.65%にあたる8400万株、2000億円を上限として11月2日~21年5月末までに自己株式を取得する。
KDDIはここ数年は自社株買いを継続的に実施しており、20年3月期までの3年間では毎年1500億円の取得枠を設定していた。通常は期初に実施を発表していたが、今期は見送った。たとえ実施したとしても新型コロナウイルス禍で規模を縮小するとの懸念も強かっただけに、今回の2000億円の自社株買いはサプライズと受け止められた。発表と同日にトヨタ(7203)がKDDIに対し522億円を追加出資するとも発表しており、結果としてトヨタの出資額のほぼ同額分を、過去の自社株買い金額に上乗せする形となった。
■「マルチブランド戦略」で収益悪化?
株主還元の強化は市場がもろ手を挙げて歓迎する。とはいえ、政府主導の携帯料金値下げへの懸念が高まる前の8月に付けていた3300円台はなお遠い。株価低迷の要因は値下げ対応に伴う収益悪化への警戒感だ。KDDIの20年4~9月期の連結営業利益(国際会計基準)は前年同期比6%増の5887億円だったが、非通信分野が伸びたためで通信料収入は16億円の減益要因だった。通信収入の回復は株価上昇のカタリストであり、逆もまたしかりだ。
KDDIは主力の「au」と格安プランの「UQモバイル」など複数ブランドを展開して顧客ニーズに応える「マルチブランド戦略」をとっている。10月28日、UQモバイルで月間データ容量が20ギガバイトという大容量プランを3980円で提供すると発表した。auではデータ無制限プランを7650円とするが、これを大きく下回る価格水準だ。
SMBC日興証券の菊池悟シニアアナリストは「一物二価に近い性質を持つ『マルチブランド戦略』の強化は、将来のARPU(契約者1人当たりの収益)を低下させる最大の要因になり得る」と指摘する。データ通信のサービスは両ブランド間で大差がない。顧客がメインブランドからサブブランドに流出すれば、収益悪化に直結するとの懸念は根強い。
■NTTドコモは新料金プラン未発表
武田良太総務相が30日にKDDIがサブブランドで新プランを提供したことを「魅力的な料金、サービスの選択肢が新たに出てくるのは間違いない」と述べ、値下げ要請はいったん和らぐとの見立てもある。ただNTT(9432)が競争力強化のために完全子会社化するNTTドコモ(9437)は新料金プランを発表しておらず、「NTTドコモがどの程度の値下げに踏み切るかで他社が受ける影響は変わる」(外資系証券のアナリスト)とさらなる環境変化に身構える声がある。そもそも、手続き等の問題からメーンブランドからサブブランドへの顧客移行が進まなければ、政府からの向かい風が再び強まることも予想される。
今後、高速通信規格「5G」プランの拡大が進めば、データ利用増加に伴い通信収入の下支えになるとの期待もあるが、新たに顧客層が拡大するわけではない。SMBC日興証券の菊池氏は、通信収入のモメンタムが向上しづらい状況下で「5Gプランの収益見通しは業績予想に織り込めない」と冷静な姿勢だ。トヨタとの業務提携を強化する方針を示したものの、これも収益化の具体的なイメージは描きにくい。ワンショットの株主還元策にとどまらず、持続性のあるキャッシュフロー(現金収支)増加策が描けなければ、株価の戻りは鈍いままかもしれない。〔日経QUICKニュース(NQN)田中俊行〕
<金融用語>
自社株買いとは
自己株式取得の一つで、株式市場から過去に発行した株式を自らの資金を使って直接買い戻すことを指す。株式会社が、株主への利益還元やストックオプション(従業員持ち株制度)等に利用するために行う。 なお、自社株を買い入れて消却することで、利益の絶対額が変わらなくても一株当たりの資産価値やROE(自己資本利益率)が向上する。買い戻した自社株を再放出することなく、自社株買いの効果を利益指標に反映する国内企業が増加していることから、2015年1月から、日経平均株価などを算出する日本経済新聞も「自社株を除いた発行済み株式数ベース」で予想1株利益を算出する方式を採用した。