日本知財総合研究所 三浦 毅司
2020年10月26日、菅義偉首相は臨時国会の所信表明演説で、国内の温暖化ガスの排出を2050年までに実質ゼロとする方針を表明した。この「2050年カーボンニュートラル宣言」は、世界的な異常気象の元凶とされる二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出量を全体としてゼロにするものだ。その実現には、エネルギーと素材の両面で化石由来原料からの脱却が不可欠になる。
特許価値は上位2社突出
素材の代替では化石由来の原料使用量を減らすだけでなく、植物由来の原料を増やせば削減効果が大きくなる。植物は成長時にCO2を吸収しており、植物由来の原料なら、成長時に吸収したCO2を削減効果として加算できるからだ。植物由来の原料を使った技術は、化学メーカーを中心に熾烈な開発競争が繰り広げられている。
特許から見た技術力では、どの企業が優位なのか。カーボンニュートラルをキーワードとして特許を検索し、価値評価を企業別に集計した。その結果、首位は三菱ケミカル、2位は大日本印刷になった。3位の帝人以下との差は大きく、上位2社が特許価値で大きく抜き出ている。一方でカーボンニュートラル特許を出願件数でみると、首位は大日本印刷になった。
■カーボンニュートラル特許上位10社
出所:PatentSQUAREを基に日本知財総合研究所が作成
2015年頃まで、この分野の技術開発を牽引していたのは三菱ケミカルだった。三菱ケミカルのカーボンニュートラル技術を詳しく見ると、高い評価を得ているのは「エンプラ」素材のひとつであるポリカーボネートに関するものだった。
エンプラとは「エンジニアリングプラスチック」の略称で、汎用プラスチックに比べて耐熱性や強度に優れるプラスチック群の総称だ。ポリカーボネートは、電子部品や自動車用部品、建材などに広く使われている。ただ、長い時間、紫外線や可視光にさらされると、色合いや透明性、強度が低下してしまう。その欠点を補うのが植物素材で、でんぷんを主原料とする素材を使うと透明性や耐熱性、強度が劣化しにくくなる。三菱ケミカルはエンプラ素材で一歩先をいく。
■カーボンニュートラル特許の出願件数
出所:PatentSQUAREを基に日本知財総合研究所が作成
主戦場は汎用プラに
これに対して大日本印刷で高い評価を得たカーボンニュートラル技術は、生物由来のエチレンを使ったフィルムに関するものだった。エチレンは汎用プラスチックであるポリエチレンの材料で、エンプラと比べると使用量が多い。エチレンに生物由来の素材を取り入れることで、原料の安定調達の面からもメリットがある。
2050年に向けてカーボンニュートラルを実現するには、多くのプラスチック素材を植物など生物由来のものに切り替えていかなければならない。それにはエンプラよりも使用量が多い汎用プラスチック分野での原料開発がカギを握るだろう。これから化学各社は汎用プラスチックの代替原料開発でしのぎを削っていくと予想される。特許価値から見た競争力では、首位の三菱ケミカルを2位の大日本印刷が急速に追い上げている状況だ。
(2021年2月17日)
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