東京証券取引所を中心に日本を代表する株の街として知られてきた日本橋兜町(東京・中央)。一歩路地を入ると歴史を感じさせる看板を掲げた証券会社や老舗の飲食店が点在し、再開発の進んだ近隣の日本橋や大手町に比べると取り残されているようにもみえる。しかし、その兜町が大きく変わり始めた。一部で大規模な工事が進み、既存の建築物でも内装を改めて街ににぎわいを取り戻す新しい役割を与えられたビルが増えてきた。英ロンドンのシティや米ニューヨークのウォール街と並ぶ世界屈指の金融センターを目指した改革がじわり進んでいる。
■割安オフィスは「活性化の先行投資」
東京証券取引所からほど近いビルの地下にあるオフィス「FinGATE BASE」。まだ入居者のない一室に入ると、いかにも頑丈そうな大きい金庫が目に飛び込んできた。ここはもともと1997年に経営破綻した山一証券が入っていたビルで、株券を保管していた金庫をそのまま残した。複数の部屋に残存する金庫はすでにその役目を終えているが、金融関係者にとっては興味深いインテリアに映るかもしれない。
旧山一証券で使われていた金庫は今やインテリア(写真上)。クッションでリラックスしながら仕事できる共用スペースの奥にはボルダリングが見える(下)
BASEに入居するのは今後の成長が見込まれる国内外の金融関連企業だ。賃料は周辺相場に比べて半分ほどという。東京証券取引所ビルなどを保有し「兜町の大家」とも称される平和不動産(8803)が2018年7月にオープンした。同社の吉松和彦開発推進部次長は、割安にオフィスを提供する理由を「兜町を活性化させるための先行投資」と説明する。最近のベンチャー企業のオフィスに見受けられるような、クッションを置いて寝そべって仕事ができる場所に加え、ボルダリングや卓球ができる共用スペースまで備える。
■KABUTO、KAYABAをフィンテックの街に
兜町の再開発の機運が高まったきっかけが、政府・東京都が14年に打ち出した「東京国際金融センター」構想だ。東京駅周辺や兜町周辺を国際的な金融ビジネス拠点に育てようとする計画で、特に兜町近辺では金融ベンチャーなどを呼び込もうとする動きが活発になってきた。
新しい金融拠点ブランド「FinGATE」の名を冠したオフィスはほかに2つある。東証に隣接した「兜町第6平和ビル」に入る「FinGATE KABUTO」は、新興の国内外の資産運用会社などを誘致するために18年4月に開設した。
18年11月に千代田区神田小川町から移転してきたばかりの独立系運用会社、アトム・キャピタル・マネジメントの土屋敦子代表取締役は「これからの自社の成長を考えたとき、東京都などが金融センターを目指す兜町にオフィスを構えるのはメリットがあると考えた」と話す。資産運用業の活性化を目的に平和不動産が主導して設立した国際資産運用センター推進機構(JIAM)が同じフロアにオフィスを構え、人脈づくりを期待する。「部屋は以前より広くなり、事業規模の拡大に伴って社員を増やす」(土屋氏)考えで、トレーダーの採用も検討している。
永代通り沿いにある「FinGATE KAYABA」では、主にフィンテック企業を誘致している。2年前に港区六本木から移ったフィンテックベンチャー、ロボット投信の野口哲社長は「日本橋と比べても大幅に安い賃料は、ベンチャー企業にとって大きな利点」と語る。
入居企業が気軽に使える共用スペースがあり「同業が近くに集積して活発にコミュニケーションできる」(吉松氏)魅力もある。実際、KAYABAでは「共用スペースで定期的に入居企業の懇親会などを開き、情報交換している」(野口氏)という。
■高層ビルやサービスアパート、ホテル構想も
平和不動産が今まさに工事を進めているのが、茅場町駅を出てすぐの「兜町7地区」と呼ばれる地域だ。かつては金融の専門書を販売する書店や証券会社が入る年季の入ったビルが建っていたが、複数棟を取り壊してガラス張りのあか抜けた高層ビルに一新する。株主総会や決算説明会を開くことができる会議室やセミナールームが設置される予定だ。兜町周辺ではほかに海外の資産運用会社や高度金融人材を迎えるため、サービスアパートやホテルを建設する構想も進む。
東証から株券売買の立会場が閉鎖されて今年で20年になる。有力な証券会社の多くが本社機能を大手町近辺に構えるなか、証券関係者が減り活気を失ってしまったと言われる兜町。かつてのようなにぎわいの復活に向けた挑戦が静かに始まっている。
〔日経QUICKニュース(NQN) 内山佑輔〕
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