日経QUICKニュース(NQN)=水戸部友美
ある程度の財を成した人にとって、資産を次の世代にどう引き継ぐかの道筋を付けておくことは極めて重要だ。昔もいまも相続にはトラブルがつきもの。遺産を巡る争いが絶えず、相続人が心身ともに疲弊してしまうケースは後を絶たない。自分が亡くなった後にもめないようにするにはまずは正式な遺言書を作る必要がある。
りそな銀行 繁田恵一氏
しげた・けいいち 1990年神戸大理卒、同年4月に大和銀行(現・りそな銀行)入行。勘定系システム開発などに関わった後、2010年から現在の資産承継アドバイザリー室で遺言の執行と遺産整理を担当
遺言の作成・執行サービスですぐに思いつくのは弁護士だが、信託銀行でもできる。信託銀はさらに一歩進んで遺贈などの遺産運用の受託も可能。その1つで、普通銀行との兼営に強みをもつりそな銀行において「遺言信託といえばこの人」と称されるプロが繁田恵一さんだ。繁田さんは「生きている方の幸せを1番に考え、次世代のりそなとの取引につなげていく」と自信を見せる。
遺言執行や遺産整理の件数、5~6年で2倍に
――遺言信託の業務ではどんなことをするのでしょうか。
「遺言書に基づいて財産配分などをする『執行』をしています。遺言の執行時にはご本人はもうこの世にいません。家族がいれば配偶者や子供、いなければ兄弟や姉妹、おいやめいが対象です。相続人たちがもめないように、あらかじめ配分を決めておくのが遺言の基本的な役割です」
「こう言葉にすると簡単なんですが…。当然、残された方にもいろんな思いがありますよね。遺言者の思いとそれを受け止める相続人の思いが一致していれば良いのだけれども、一致していない場合が多い。遺言の宿命は、通常は(本人が健在のうちに)書かれてから執行されるまでに年単位の時間が空いてしまうことです。その間に人間関係や資産規模も変わってしまいます」
――確かに、亡くなるタイミングをずばり予想して遺言を書ける人はいませんよね。
「ええ。遺言の作成から執行までは平均で7~8年、長ければ20年前後はかかってしまいます。今の現実と遺言の内容があまりにもかけ離れていて、遺言を執行したらかえって相続人が不幸になるという事態は少なくありません。そんなときは相続人全員で話し合って遺産分割協議書を作り、財産を分割します」
――どんな顧客に提案しているのですか。
「例えば、配偶者はいるが子供はいない人には遺言が不可欠です。子供がいなければ相続人は配偶者と遺言作成者の兄弟、姉妹、おいやめいにまで広がります。ふだんから親戚つきあいが盛んで意思疎通をできていればいいのですが、大半は(そうではないので)配偶者がご苦労をされます。不動産などの資産がない一般の会社員でも、子供がいないご家庭では遺言信託の利用をお薦めします」
「昔は遺言の話自体をタブー視する風潮もみられました。一方、現在は(『終活』のような形で)テレビや雑誌でもよく取り上げられ、抵抗感はなくなってきています。インターネットの発達により知りたいことはネット経由でいくらでも出てくるので、顧客の情報量は全然違いますね。こちらも知識がないと信頼してもらえないところにプレッシャーを感じるものの、ともかく関心を持ってもらえるのはとてもありがたいです」
「遺言執行と遺産整理の数はほんの5~6年前までは西日本でだいたい半年あたり200件前後でした。ここ1~2年は400件近くになっています。この5~6年で倍増したわけですね」
いま生きている人の幸せを一番に
――記憶に残っている出来事はありますか。
「5年前に遺言を執行をした女性のことでしょうか。彼女は再婚で相続人は元夫との間にもうけた息子さんと、現在の夫がいました。お子さんが3歳くらいのときに前のご主人の実家とそりがあわず、追い出されるように離婚したそうですが、遺言は『持ち家は現在の夫に残し、他の全ての財産を息子に渡す』というものでした」
「再婚後の夫と実の息子との関係はとても微妙です。何十年もお母さんに会えていなかった息子さんは現在のご主人に、母親の話を聞いたり写真を見せてもらったりしたいとわれわれを通じてお願いしました。ところが、けんもほろろに断られたのです。家しか残らなかったから面白くなかったのでしょう。息子さんの願いはかなえられないまま遺言執行は終わってしまいました」
「しかし、この話には続きがあります。3カ月くらいたったころでしょうか。いまのご主人から突然封筒が届きました。中には亡くなった女性が昔、息子さんに宛てて書いた手紙と2人の写真が何枚も入っていたのです。手紙には『会いたかった 会いたかった』と書かれていた。家族の間をとりもったり手紙を渡したりするのは遺言執行の業務とは直接は関係ないものの、生きているときには伝えられなかった想いをつなぐことができたとしみじみと感じ入りました」
――ふだん、心がけていることを教えてください。
「メディアなどで取り上げられる相続関連の話題は良い側面ばかりです。実際には遺言を残していてもうまくいかない場合が出てきます。遺言執行は淡々と執行していれば仕事としては成立しますが、他との差別化は難しい。遺言者の方の意思から外れない程度にいま生きている人の幸せを一番に考えていくこと。それによって次の世代とりそなの取引につなげられるとの信念をもっています」
=おわり
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