日経QUICKニュース(NQN)=井口耕佑
5年先でも10年先でも信用リスクは変わらないのか――。投資家の人気が高い劣後債の発行条件で珍事が起きた。アイシン精機(7259)が21日に起債した3本立て劣後債だ。3本とも年限は同じだが、それぞれに年数の異なる期限前償還条項が付く。市場で話題になったのは3本とも基準金利に対する上乗せ(スプレッド)金利が同じだった点だ。債券は保有期間が長ければ償還までのリスクが高まる。社債では信用リスクも加わり、その分投資収益も上乗せされるという常識が崩れつつある。
■アイシンの3本立て、スプレッド一律0.47%
アイシン債の年限は3本とも60年だが、期限前償還条項で定められた期限前償還ができない期間(ノンコール、NC)が5年、7年、10年と異なる。発行体はNC期間後は利払い日前後で任意に期限前償還できる。一般的に、60年債という期限を額面通りに受け取る投資家はいない。「劣後債は初回償還日で償還されるのを前提に買っている」(国内アセットマネジメント)ためだ。今回のアイシン債は投資家の目には「5年物、7年物、10年物の3本立て債に、劣後特約の分の利率が上乗せされたもの」と映る。
事実上の年限が異なる3本立て債の利率が「ミッドスワップ金利プラス0.47%」という一律の条件で決まったことに違和感を覚える投資家は多い。債券の利回りは、発行体の資金繰りが悪化し償還されない「信用リスク」と、償還までの期間が長くなるにつれて高まる償還の不確実性である「期間リスク」の2要素で決まる。いずれも期間が長くなれば高まるため、年限が長いほど利回りが高くなるのが一般的だ。
■起債額が大きい「実質5年物」集めやすく
基準となるミッドスワップ金利が年限によって違うため、スプレッドが同じでも利率は異なる。今回は最初の期限前償還日までの利率は、NC5年で0.40%、NC7年で0.41%、NC10年で0.47%に決まった。ただ一般的にスワップ金利は金融機関同士の信用リスクを反映するため企業ごとの信用リスクは織り込まれていない。「異なる年限でスプレッドが同じだった例は過去に三菱商事(8058)の劣後債などごく少数で、極めて異例だ」(国内証券の債券アナリスト)という。
異例の同一スプレッドの背景には、発行額の違いがある。NC5年は1300億円で、NC7年(190億円)、NC10年(510億円)を大幅に上回る。投資家層の厚みが異なるとはいえ巨額の資金を集めるために、NC5年のスプレッドを厚めに設定したため、横並びになったと解釈できる。
■「少しでもより高い利回り」求める投資マネー呼ぶ
「NCの年数が違うのにスプレッドが同じなのは違和感がある」(国内生保)との声は根強いが、NC10の需要が年限対比でスプレッドが厚くみえるNC5に大きく流れる、ということはなかったようだ。当初100億円程度の発行としていたNC10は、需要調査を経て最終的に510億円まで需要が膨れあがった。ある国内生保の運用担当者は「年限の長いNC10だけが欲しくても、スプレッドを考慮すればNC5もあわせて買わざるを得ない。買う側としては不満たらたらだが、NC5の額を増やしたのはうまいやり方だ」ともらす。
アイシンの発行体格付けは「ダブルAマイナス(R&I)」と、事業法人の中では高い。別の生保運用担当者は「極論を言えば、5年先も10年先もアイシンの経営不安が起こるとは考えにくい」と話す。返済順位が劣る劣後債は一般的に普通社債より利率が上乗せされることもあり、異例の同一スプレッドでも「ほかに有望な投資先がない以上は違和感があっても買わざるを得ない」というのが投資家の厳しい実情のようだ。
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