辞意を表明した安倍晋三首相(自民党総裁)の後継者選びが本格化している。自民党総裁選には、これまでに菅義偉官房長官や岸田文雄政調会長、石破茂元幹事長などの立候補が取り沙汰されているが、安倍政権の経済政策「アベノミクス」で進んだ株高・債券高・円安の流れを引き継ぎそうなのは誰か。市場関係者5人に聞いたところ、4人が「菅氏」と答えた。安倍政権の番頭役を長く務めた経験からアベノミクスの継続性が約束されるとして、金融・資本市場の期待を集めているようだ。
■菅氏:波風立たず、手堅い
「10月にも衆院解散・総選挙を実施して政権基盤を固め、アベノミクスを発展させた『スガノミクス』で追加の財政政策を推し進めるのではないか」。三井住友トラスト・アセットマネジメントの押久保直也氏は、菅氏が次の自民党総裁に選ばれ首相に就いた際のシナリオをこう描く。
菅氏は2012年末の第2次安倍政権の発足時から官房長官として安倍首相を支え、アベノミクスをともに進めてきた。安倍政権の7年8カ月の間に日経平均株価は2.3倍、円相場は21円ほど円安・ドル高に進んだ。「スガノミクス」が現実のものとなれば、日経平均株価が18年10月に付けた高値(2万4270円)を上回るなど、一段の株高や円安を期待する声がある。
三菱UFJ銀行の内田稔氏も「安倍首相の次を担う人物として最も波風が立たず、政策運営に手堅さがある」と菅氏を評する。新総裁の任期は安倍首相の残りを引き継いで21年9月末までだが、株高や円安の流れが続いて内閣支持率も高ければ、続投し長期政権への道も開ける。
だが、ベストシナリオとされる菅政権でも市場では選別が進みそう。菅氏は18年8月に携帯電話料金の引き下げ余地に言及してから、同様の発言を繰り返している。8月31日午前の東京株式市場で日経平均株価の上げ幅が440円を超えた一方、NTTドコモ(9437)が3%安、KDDI(9433)が4%下げた。菅氏が積極的なカジノ誘致などのテーマで、関連銘柄が物色される展開も考えられる。
■岸田氏:金融市場の動揺を誘う?
次に評価が高かったのが岸田政調会長だ。菅氏と同様に安倍政権を支え、政権運営の持続性への安心感があるが「岸田氏は財務省に近く、コロナ禍の対応が落ち着いた後は積極的な財政再建へとカジを切る可能性がある」(岡三証券の松本史雄氏)。大規模な財政支出の拡大から急激な揺り戻しがあれば、金融市場の動揺を誘う展開があり得る。
■石破氏:金融緩和策や財政政策を見直す?
金融・資本市場で望ましくない候補として最も多かったのが石破氏。安倍政権に批判的な立場で、これまでの大規模な金融緩和策や財政政策も見直すとの警戒が強い。石破氏は独自色を打ち出して安倍政権と差別化をはかるとみられるが、ニッセイ基礎研究所の上野剛志氏は「構造改革など重要度が高い政策は後回しにして、具体性に乏しい地方創生策などが柱になるのではないか」とみる。
東海東京証券の佐野一彦氏は「これまでに名前が挙がった候補では、誰が次期首相になっても政策に大きな差は出ない」と話す。当面は新型コロナウイルスの緊急対応を優先する必要があるほか、次期政権も自民党を中心に担うとみられるためだ。「日銀の黒田東彦総裁も23年4月までの任期を全うし、日銀の緩和策は維持される」(佐野氏)。国内政治の不安定さへの懸念から28日に売りが目立った債券相場は、徐々に値を戻す展開が予想されている。〔日経QUICKニュース(NQN)須永太一朗〕
<金融用語>
アベノミクスとは
2012年12月に発足した第2次安倍晋三内閣がデフレ脱却に向けて掲げた経済政策。「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」の“3本の矢”を柱とする。日本銀行にインフレターゲットの導入を求めて実際に導入が決まるなど、これまでにない踏み込んだ政策もとられた。 2015年10月の第3次安倍内閣では、アベノミクスの第2ステージとして「一億総活躍プラン」を推進すると発表。新しい3本の矢として、「希望を生み出す強い経済」、「夢を紡ぐ子育て支援」、「安心につながる社会保障」を打ち出し、一億総活躍国民会議や働き方改革実現会議が設けられた。 2017年11月の第4次安倍内閣では、アベノミクスの加速を目指して「生産性革命」と「人づくり革命」を推進し、少子高齢化を克服するための「新しい経済政策パッケージ」を決定。制度改革を進めている。