中国電子商取引(EC)最大手アリババ集団傘下で、決済システム「支付宝(アリペイ)」を運営するアント・グループが香港・上海株式市場で計画する新規株式公開(IPO)に、暗雲が垂れこめ始めた。ロイター通信が10月14日、米国務省がアントを事実上の禁輸リストに当たる「エンティティー・リスト」に追加する提案をしていると伝えた。米中対立の激化を警戒して米投資銀行の幹事会社が撤退する可能性も取り沙汰され、上場計画に狂いが生じる恐れがある。
■上場遅れを懸念
「日本の投資家からも株式購入に関する問い合わせが多くて、忙しいですよ」。香港でIPO関連を手がける市場関係者から、アント上場についてのうれしい悲鳴が聞かれたのは10月初めのこと。資金調達額が合計で最大350億米ドルと見込まれる過去最大の上場を前に沸いていた市場の雰囲気は、この2週間で一変した。
アントは早ければ中国の国慶節(建国記念日)連休明けとなる9日以降に香港で一般投資家向けの公募を開始し、10月中にも上海との同時上場を実現させるとみられていた。しかし、連休明けに浮上したのはアリペイに対する米制裁の観測だ。アント側は上場に向けた準備を進めていないようだとも伝わり、上場の遅れが懸念された。
■公開価格に影響か
8日付の香港経済日報によると、アントの香港上場の幹事会社にはシティグループ、JPモルガン・チェース、モルガン・スタンレーの米投資銀行3行が名を連ねる。米制裁に伴いこれらの金融機関が主幹事を降りれば、アントは主幹事の大幅な入れ替えを迫られる。さらに、米系資本や米国の機関投資家が投資を見合わせるなら、「公開価格の設定に影響する可能性がある」(香港経済日報)。
「米大統領選が11月に迫るなか、アントIPOが米現政権の対中制裁のカードとして利用される可能性がある」(民衆証券の郭思治・董事総経理)との警戒も強まる。アリババ集団の株価は15日の香港市場で一時、前日比3.7%安まで下落した。
■中国国内でも問題が
実は、アントは中国国内でも問題が生じている。上海上場分について、10月初旬にファンドを通じて個人投資家からの購入申し込みを受け付けたが、これに関し中国の証券当局から調査を受けていると伝わった。ファンドには1000万人超が応募し約600億元の資金が集まるなど熱狂的な反応を得たが、問題はこのファンドを自社サービスであるアリペイを通じて販売したことだ。利益相反の疑いから上場審査が順調に進まず、上場が延期される可能性が取り沙汰されるようになっている。
IPO実現目前になって問題が噴出しているアント。中国だけでなく世界中の投資家から注目される大型案件だが、一転して上場の時期が見通せなくなってきた。(NQN香港 桶本典子)
<金融用語>
主幹事とは
有価証券の募集や売り出し、新規公開の際、引受・販売等を行う幹事会社のうち、引受数量が多く、全体的な作業の運営やスケジュール管理など中心的役割を果たす会社のこと。新規公開(IPO)では、公開時の引受・販売に加え、公開までの各種事務手続きや審査、株価設定、株式上場後の資金調達の助言や指導なども行う。