【日経QUICKニュース(NQN) 菊池亜矢】ついに、と言うべきか。パナソニックは11月13日、楠見雄規常務執行役員が2021年6月24日付で社長に就任し、現社長の津賀一宏氏は代表権のない会長に就く人事を発表した。津賀氏は12年6月に社長に就任し、在任期間は9年目。グループ人員で25万人を超す巨大組織を見直し、コア事業を生み出す作業に奮闘したが、在任期間の株価推移をみても、結果として市場が満足する結果は十分には生み出せなかったと言わざるを得ない。きょう16日の同社の株価は改革進展を期待し一時6%高まで上昇したが、来年6月に就任する楠見新社長にはフォローとアゲインストの両方の風が待ち受ける。
■こだわりを捨てきれず
1.7倍対8.5倍――。津賀社長が就任した12年6月27日以降、先週末までパナソニックと家電業界のライバルであるソニーの株価上昇率だ。ソニーはゲームや映画、さらに半導体など昨今のデジタル化とソフト化に対応した事業を中心に経営資源を投下し株価を引き上げた。パナソニックも液晶パネルなどの事業から撤退する一方、米テスラと組んだ自動車用電池事業など将来性の高い事業を創出したが、AV(音響・映像)や白物家電などモノ作りへのこだわりを捨てきれず、事業の選択と集中は不十分だった。ちなみに、事業パートナーのテスラの株価はこの間に約64倍に跳ね上がった。

パナソニックは伝統的に、社長が個々の事業を担当トップに任せるのを好まないとされてきた。決裁までに相当数の関係部署との面談や調整が必要で、社長の決裁に至るまでを「松の廊下」と皮肉る市場関係者もいるほどだ。過去のしがらみで要らないものを削るのに時間がかかり、業績不振でも継続する事業が多いなど、注力事業が見えにくかった。
■「パナソニックホールディングス」へ
社長交代人事と併せて22年4月に持ち株会社制へ移行することも発表し、投資家の期待は高まっている。持ち株会社体制で社名を「パナソニックホールディングス(HD)」に変更し、傘下に8つの事業をぶら下げる。その1つが「パナソニック」で、現在のエアコンやテレビなどを扱うアプライアンス事業や、照明器具や空気清浄機などライフソリューション事業、パナソニック電工の流れを組む電気設備事業などをまとめる。オートモーティブ事業も切り出す予定だ。16日の同社株は買い気配で始まり、一時前週末比6.5%高まで上昇した。
SBI証券の和泉美治シニアアナリストは「ホーム関連をひとつの会社にまとめており、家電強化の狙いがみてとれる」と指摘。さらに、持ち株会社にして「他社との提携が加速する可能性がある」とみる。パナソニックはトヨタ自動車(7203)と車載電池の共同出資会社を設立しており、こうした他社との提携も進めやすくなるのではないかとの見方だ。米テスラ向けの電池も手掛けており、自動車関連ビジネスの意思決定も早まるかもしれない。
世界的に進む環境重視の経済への移行で、車載電池などの事業には追い風が吹く。津賀社長の就任直後には5000億円を割っていたキャッシュフロー上の現金及び現金等価物の金額は、投資の厳選などを進めて今年9月には1兆2200億円と約2.5倍に膨らんだ。ライバルのソニー(1兆8800億円)に比べれば少ないが、新社長への「手土産」として問題ない水準。コロナ禍を超えた来年には様々な意思決定が可能だろう。
■持ち株会社制はもろ刃の剣
しかし、新たに導入する持ち株会社制はもろ刃の剣だ。2000年代に社長を務めた中村邦夫氏は松下電器産業(現パナソニック)改革の一環として、創業者である松下幸之助氏が始めた事業部制を廃止した。製販一体と独立採算制を基本として意思決定の早さが利点だったが、事業部間の重複投資が増えコストが増えるというマイナス面もあった。
今回導入される持ち株会社制でも同様のデメリットが生まれないか。個々の事業会社が業績を競うがあまり、成長性の高いプロダクトにだけ投資が集中しないよう、新たなKPI(重要経営指標)の設定も不可欠だ。新社長就任まで7カ月余り。市場は事業の選択と集中の進捗とともに、そうした準備も怠らず目をこらしている。
<金融用語>
持ち株会社とは
持ち株会社とは、他の会社を支配する目的で、その会社の株式を保有する会社のこと。純粋持株会社と事業持株会社がある。純粋持株会社とは、自ら製造や販売といった事業は行わず、株式を所有することで、他の会社の事業活動を支配することのみを事業目的とする持株会社のことで、子会社からの配当が売上げとなる。一方、事業持株会社とは、グループ各社の株式を持つことで子会社を支配しながら、自らも生産活動などの事業を営む持株会社のこと。