IOC(国際オリンピック委員会)のトーマス・バッハ会長は11月15日、東京五輪の延期決定後として初めて来日した。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会、国際パラリンピック委員会との合同会合後、森喜朗組織委員会会長と臨んだ16日の記者会見では、五輪の実施を確信し、スタジアムには観客を入れて競技を行うと説明。そして新型コロナのワクチンが開発されたら、選手への接種の経費はIOCが負担することなどを明言した。
東京オリパラをどのような規模で開くのかについては明らかになっていない。新型コロナウイルスの感染は世界で第3波を迎えている。ファイザー、モデルナの2社がワクチン開発の最終段階にあるとはいえ、どの程度の規模で接種できるのか分からない。いまだ海外から大規模な観戦者の入国を認められる状況には至っていない。
放映権が欲しいIOC
バッハ会長が五輪開催を推し進めるのは、IOCの財政的な理由がある。リオ五輪が行われた2016年、IOCの全収入35億1795万ドル(3690億円)のうち、81.5%に相当する28億6860億ドルが五輪の放映権料だった(図表)。五輪がなかった谷間の年である2019年は放映権収入がなく、IOCは1億4863億ドルの赤字を計上している。2008〜2019年までの12年間だと、総収入は168億4593億ドル、このうち放映権料は66.5%を占めた。IOCは、五輪開催時の放映権料がないと現在の規模での経営は成り立たない。つまり、無観客でも大会が実施され放映権料が入れば、IOCの経済的問題はクリアされるのだ。
図表:IOCの収支状況
期間:2008〜2019年 出所:IOCの資料よりピクテ投信投資顧問が作成
日本側にはIOCの負担金850億円以外、放映権に関わる収入はない。東京都と政府の関連支出は当初の計画より大きく膨らんだうえ、大会の1年延期に伴ってさらに3000億円の追加負担が必要になった。五輪開催は日本側に資金面で大きな重荷になりつつある。
もっとも、与党内で心配されているのは費用の問題ではなく、国民の心理に与える影響だろう。菅義偉首相は、新型コロナの収束と経済の回復に注力するとして、自民党内に期待の強かった衆議院の年内解散を見送るようだ。来年1月の解散説も根強くあるが、2021年度予算の成立が大幅に遅れ、暫定予算が避けられなくなるため、新型コロナの感染第3波の下ではハードルが極めて高い。
リスクの高い9月解散
来年10月21日の衆議院の任期満了前に総選挙をするには、パラリンピックが閉会する9月5日の直後が最も有力なタイミングになる。ただ、このスケジュールは与党にとって極めてリスクが高い。天災など何らかの重大な問題や政権に関わるスキャンダルが起こっても、解散を先送りできないからだ。
観客数の制限などでオリンピックとパラリンピックが盛り上がりを欠けば、五輪を前提に投資した民間の観光事業者などが少なからず事業縮小や破綻に追い込まれる。五輪の開催費用が都や国に重くのしかかり、選挙を戦ううえで政権に不都合な状態になる。
バッハ会長にとって予定通りに東京大会を開催し放映権料を得るのが最大のミッションだ。菅首相にとってもオリンピック・パラリンピックが成功すれば極めて大きな選挙対策になるが、期待通りにならない可能性もある。バッハ会長から太鼓判を押され五輪開催は確実な情勢になりつつある。菅政権が抱え込むリスクは小さくない。
ピクテ投信投資顧問シニア・フェロー 市川 眞一
クレディ・スイス証券でチーフ・ストラテジストとして活躍し、小泉内閣で構造改革特区初代評価委員、民主党政権で事業仕分け評価者などを歴任。政治、政策、外交からみたマーケット分析に定評がある。2019年にピクテ投信投資顧問に移籍し情報提供会社のストラテジック・アソシエイツ・ジャパンを立ち上げ