HSBC コマーシャル・バンキング部門アジア太平洋地域統括責任者のスチュアート・テイトが、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定についてリポートします。
11月15日にRCEPへの合意と署名が行われた。これは歴史的にきわめて大きな出来事で、世界貿易の新しい時代の到来を告げるものだ。アジア諸国が今後、世界経済を成長させる基盤作りで主導的な役割を担う時代の訪れと言える。
日本や中国、韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国など15カ国は合意まで9年にわたって31回の閣僚会合を重ねてきた。幅広い国々が交渉に参加したため、各国の懸念に配慮して内容の一部が緩和されたのは確かだが、あらゆる点で画期的な合意である。
RCEP はアジア諸国が未来の世界貿易システムの中で相応の地位を占めることを象徴する。アジア諸国は未来の世界貿易システムの確立と維持に大きな役割を果たすことになり、経済成長をもってシステムを構成し続ける
RCEPが示すのは未来の貿易がコンテナを出荷する以上のものになるという認識そのものだ。この連携によりデジタル・サービスやeコマース、データが国境を越えて行き来する際のルールに適応していく者こそが、大きな先行者利益を確保できるだろう。
参加国は世界GDPの30%
従来の貿易協定はニューエコノミーが国境を越えてどう広がるのか捉えきれなかった。また、標準化が導き出されるまでの動きが鈍い。RCEPはこうした問題を解決する起点となる。合意し、署名した国々のGDP合計は世界全体の30%に相当する。RCEPの参加国か否かを問わず、世界の貿易国にRCEP基準への準拠を促す比率といえる。
2018年のIMF(国際通貨基金)の論文の推計では、アジア域内で貿易や外国資本の直接投資の障壁が取り除かれた場合、地域のGDPが最大15%増加するとされている。またHSBCとボストン コンサルティング グループが行った調査では、世界全体で開放的かつ自由な貿易の原則が採用されれば、2025年までに世界のGDPは10兆ドル増える可能性があると指摘した。RCEPによって生み出される増加分がその数パーセントだったとしても、アジアの経済成長を新型コロナウイルス感染拡大前の軌道に復帰させる一助になる。
また、RCEPにより地域的な統合が加速する。アジアは新型コロナ危機からいち早く脱し、欧州や米国よりも打撃が小さい。アジアの製造業は域内に新たな市場を見出そうと動き始め、消費者もそれに反応している。利回りを追求するアジアの投資家は、アジア地域の早期の経済回復から利益を確保しようとしている。
成長への3大要素そろう
アジアの自律的かつ持続的な経済成長に必要な3大要素である消費、製造、投資はそろいつつある。
RCEPはサービス貿易の重要性の高まりを反映する内容だ。サービス貿易の2005年から2018年までの成長率は財貿易を27%上回った。また新型コロナを機に労働がデジタル化へシフトし、国際的なサービス事業者がその潮流に乗ろうとしている。サービス貿易へのシフトは一段と進むだろう。
データ処理に関する地域的な規制を統一する最初の取り組みとして、RCEPは企業に大規模なデータ分析で自社製品と市場への洞察力を高めるように促している。予測可能で透明性のあるeコマースのルールが整えば消費者への直接販売に弾みがつき、国際間の企業競争も活発となり、一般消費者向けの価格は低下していくだろう。
留意すべき2つの分野
11月15日のRCEPの合意と署名は終着点ではなく出発点だ。特に留意すべき分野は2つある。第1 に非関税障壁の増幅を防ぐ取り組みだ。ASEAN諸国やその他のアジア諸国は輸入関税の削減を大きく進めたものの、多くは輸入枠設定や煩雑な税関検査、恣意的な品質管理といった非関税障壁が代わりに導入された。EU-ASEAN ビジネス協議会は、ASEANに加盟している10カ国との貿易に限った場合でも約6000もの非関税障壁が存在していると推計する。
第2に一体的かつボーダーレスなデジタル・エコシステムを、地域全般につくりだす技術の基準を統一していく必要がある。デジタル技術は新たな産業や経済成長を牽引する大きな役割を担うが、データ処理やデジタル・コマースに関する基準の地域内合意が前提だ。アジア域内では様々なデジタル規制があり、企業が規模の恩恵を十分に享受できず、投資対象としてアジア地域の魅力を減退させる要因になっている。
RCEPへの合意と署名は地域的な統合を加速させ、サービスと技術の貿易基盤として世界と地域に持続的な利益をもたらす。貿易自由化への取り組みを続ける中で9年にわたって構築してきた各国の協力体制をいかし、この勢いを加速させる必要があるだろう。