【QUICK Money World 木村 貴】ウクライナ侵攻に乗り出したロシアに対し、米欧日各国が相次いで経済制裁を発動している。ロシアの銀行の取引制限や政権幹部らの個人資産の凍結などに続き、今月11日には国際通貨基金(IMF)や世界銀行など国際機関による融資の阻止、ロシアへのエネルギー依存の低減など、新たな制裁を打ち出した。
これに対しロシアは米欧日などを対象に通信機器、医療機器や自動車など200品目以上の輸出を禁止し、国外撤退する外資系企業の資産を押収する検討に入るなど、対抗に乗り出している。
株安、商品高…世界経済、制裁応酬で混迷深める
制裁の応酬を受け、 世界経済はにわかに混迷を深めてきた。各国で株価が大幅安となり、国際商品市場で主要品目の4割が過去最高値圏に入った。国際商品市場でロシアの生産シェアが大きい天然ガス、小麦、パラジウムなどだけでなく、シェアの高くない品目にも値上がりが波及している。
経済制裁はロシアを世界経済から孤立させ、圧力を強めて譲歩を引き出す狙いがあるという。しかしその効果が現れる前に、世界経済に深刻な影響を及ぼさないか心配だ。
とくに気になるのは追加制裁として打ち出された、最恵国待遇の取り消しだ。米国はほとんどの国に適用している最恵国待遇からロシアを外す。現在外れているのは北朝鮮とキューバだけ。最恵国待遇から外れれば、低い関税を維持できなくなる。
米国がロシアから輸入する商品や原材料には現在、多くの国と同じく平均で3%程度の関税がかかっているが、低関税措置の対象から外れれば、平均で30%超に跳ね上がる見通しだ。米政府によると、主要7カ国(G7)と欧州連合(EU)も同様の措置を検討する。また米国は、ロシア産のダイヤモンドやウォッカ、魚介類の輸入も禁止する。
経済制裁の背景にあるのは、ロシアからの輸入を制限すれば、ロシアは輸出による収入が減って経済が弱体化するという考えだ。それは一面では正しい。しかし貿易は一方だけではなく、双方向で行うものだ。輸入を制限すれば、その影響はロシア側だけでなく、自国側にも及ぶ。
ロシアからの輸入品が関税引き上げの影響で値上がりすれば、そのコストを負担するのは米国など輸入国の消費者だ。輸入が完全に禁止されれば、ロシア製品を欲しい消費者は入手できず不便を強いられるか、違法な闇取引などによって通常より高い値段で手に入れるだろう。
一方、ロシアが輸出の減少で収入が減れば、その分、外国製品を輸入できるお金が少なくなる。その結果、互いに貿易が縮小する。今はロシアとベラルーシだけが制裁の対象だが、ロシアと親密とみられる他国に対しても貿易の制限が広がるようだと、世界貿易の大幅な縮小につながりかねない。
米関税引き上げ、自国経済にも打撃
そうした最悪のケースとして頭に浮かぶのは、2度の世界大戦の間に世界を襲った大恐慌だ。
1929年10月のニューヨーク株式相場暴落をきっかけに、米経済は不況に突入した。これが海外に波及し、世界恐慌となった一因は、米国が実施した大幅な関税引き上げだった。
1930年6月、米国はスムート・ホーリー関税法を成立させ、2万5000品目にも及ぶ品目で関税を引き上げた。関税は平均59%まで引き上げられ、米国史上最高となった。農産物の輸入を抑え、第一次世界大戦終結以来、不況に苦しむ農家の収入を支えるのが狙いだった。
各国は米国に対抗し、相次ぎ報復として関税引き上げに踏み切った。これにより世界貿易は急速に収縮に向かう。
米経済学者チャールズ・キンドルバーガーの著書『大不況下の世界』(岩波書店)によると、スペインはブドウ、オレンジ、コルク、玉ネギに対する米国の関税に対抗し、関税を引き上げた。スイスは時計、刺繍品、靴の関税引き上げに反対し、米輸出品の不買運動を実施した。カナダは多くの食料品と丸太・木材の関税に反発し、3回にわたって関税を引き上げた。イタリアは麦わらの帽子・ボンネット、フェルト帽、オリーブ油の関税に反対し、米国およびフランス製自動車に対し報復措置をとった。キューバ、メキシコ、フランス、オーストラリア、ニュージーランドも新しい関税を制定した。
このうちスイスでは、米国の関税引き上げの標的となった時計産業に人口の1割が従事していたとあって、国民の間に強い反発を招いた。同国のある新聞は、社説でこう呼びかけた。「すべての産業人、職人、商人、消費者は、事務所、工場、作業場、修理工場、店舗、家庭からあらゆる米国製品を締め出すべし」
関税引き上げは、米国自身の産業にとっても打撃となった。工業生産に必要な原材料や部材の購入コストが高くなったためである。たとえばタングステンに対する関税で鉄鋼産業が苦しくなった。亜麻仁油への関税で塗料産業が打撃を受けた。
ゼネラル・モーターズ(GM)とフォード・モーターは世界首位を争う自動車メーカーだったが、スムート・ホーリー関税法により、800を超す部材で関税が引き上げられた。つまり米国の自動車メーカーは二重の打撃をこうむることになった。まず、欧州諸国が米国製品に報復関税を実施したため、販売台数が減った。次に、必要な部材の購入に対し、より高い金額を払わなければならなくなった。米国の自動車販売台数は1929年の5300万台から1932年に1800万台まで落ち込んだ。
報復にさらされ、米国の輸出額は関税引き上げ前の1929年の70億ドルから32年には25億ドルに落ち込んだ。苦しんだのは工業ばかりではない。皮肉なことに、スムート・ホーリー関税法制定を熱心に働きかけた農家も打撃を受けた。米国農産物の輸出額は1929年に18億ドルあったが、4年後には5億9000万ドルに減少した。
(注)1929年1月~1933年3月(75カ国の総輸入額、月額、単位100万旧米金ドル)。キンドルバーガー『大不況下の世界』より転載
貿易は世界全体で収縮した。キンドルバーガーによると、世界75カ国の月間総輸入額は、1929年1月には約30億ドルあったが、33年3月には約11億ドルと、ほぼ3分の1に激減した。
歴史の教訓:経済制裁の負の側面に注意を
米国の大幅な関税引き上げをきっかけに世界経済は急速に縮小し、大恐慌に陥った。その結果、失業や貧困に苦しむ国民の不満を背景に軍国主義が台頭し、第二次世界大戦を招いていく。政府による貿易の阻害がもたらす悪影響の大きさを如実に物語る出来事だ。
スムート・ホーリー関税法に比べれば、今回の対ロ最恵国待遇取り消しの規模は小さく、影響を過大に見積もってはならないだろう。一方で、今回は関税以外にも金融やエネルギーなどさまざまな制裁が発動され、及ぼす影響は未知数だ。
侵攻を止めるための経済制裁が引き金となって世界経済に深刻な影響を広げ、平和の基礎を揺るがせてしまっては元も子もない。貿易立国の日本にとって影響は一段と大きい。米欧に安易に追随するのでなく、制裁の負の側面に注意を払っていきたい。
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本連載コラムは、経済に関する素朴な疑問をわかりやすく解きほぐします。
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