エコノミストの唐鎌大輔氏が『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日経プレミアシリーズ)という本を出されています。ごく簡単に言えば、現在の日本は円売りが出やすい構造であり、しかも、円を売りたい人が増えているということです。
他方で、筆者には、別の感覚があります。それは、
- 「弱い円の正体」は、「弱いドルの身代わり」ではないか。
- ファンダメンタルズが弱いドルを、(やはり、ファンダメンタルズが弱い)円が弱くなることで隠しているのではないか。
- 「強いドルの正体」は、「弱い円」ではないか。
というものです。
日本国内では「弱い円」が自虐ネタのように扱われますが、ドルのファンダメンタルズに焦点が当たるほうが影響は大きいように思えます。
こういうと、「ドル金利の高さは、米国経済の強いファンダメンタルズを反映している」、「ドルの強さは、他国との金利差や成長率の格差を含め、米国経済の強いファンダメンタルズを反映している」、「米国テクノロジー株式のバリュエーションの高さは、米国企業の高い競争力を反映している」といった答えが返ってくるかもしれません。
しかし、こう考えてみればどうでしょうか。「米国は、①ドルと米国債の価値を維持するために、②経常収支や財政収支の赤字をファイナンスするために、③ドルの準備通貨としての地位を守るために、米国の資産を魅力あるものに見せる必要がある」。こう考えても現状を説明できるかもしれません。
そして、米国の資産に魅力を感じているのは、ほかでもない、日本の投資家でしょう。同時に、日本の投資家は、自国の資産に魅力をあまり感じなくなっているようにみえます。だとすれば、日本の投資家はなぜ、米国の資産に魅力を感じ、自国の資産に魅力を感じなくなっているのでしょうか。これは、big questionかもしれません。
言い古されてきた「ドルの弱いファンダメンタルズ」、それでもドルが盤石だった背景
ドルの盤石ではないファンダメンタルズについては、過去60年近く指摘されてきました。「準備通貨としてのドルの歴史」もさることながら、「ドルの脆弱性に関する書籍の歴史」でも長編が書けるくらい、たくさんの書籍が書かれてきました。
昔から言われてきたのは、「米国の経常収支の赤字→米国の対外純債務残高の増大」、「米国の財政収支の赤字→米国の公的債務残高の増大」などです。
しかし、ドルの価値は保たれてきました。
その背景として、たとえば、
- 米国の圧倒的な軍事力
- 原油・エネルギーのドル決済(『ペトロダラー・システム』)
- 中南米諸国の債務危機やアジア通貨危機の教訓として、おもにアジア諸国が、自国企業の輸出支援と外貨準備獲得のために、自国通貨の上昇を抑制するとともに米国債の保有を積み上げたこと(「global savings glut」)
- 産油国以外の貿易黒字の大国(対外債権国)が、自国通貨での貿易決済を選択しなかった(選択できなかった)こと
- 米国は対外純債務国でありながら、優良な債権の獲得を通じて、(第一次)所得収支がプラスであったこと(≒他国に自国の債務を握らせた上での、他国と他国内の資産・企業・権益に対する支配的な/優位な地位の獲得・維持)
などが挙げられるでしょう。
揺らぎつつある「米国の一国覇権」
しかし、いまこれらは揺らいでいます。
- まず、米国では、政府の国債利払い費が国防費を上回っています。それは、今後の国防費抑制を通じて、米国一国覇権主義のバランス・オフ・パワーや地政学に変化をもたらす恐れがあります。
- (たしかに、米国にとって、ロシア=ウクライナ戦争の長期化や、ノルドストリームの崩壊による米国産の液化天然ガスの対欧州・輸出拡大は、米国の貿易収支とドル覇権にとってはプラス材料ですが)サウジアラビアやロシアを始め、ドル以外の通貨でのエネルギー決済は少しずつ拡大しています。
- (ロシア=ウクライナ戦争を受けた、ロシア保有の外貨決済口座の凍結も作用してか)世界最大級の対外債権国である中国は米国債の売却をつづけています。また、中国が保有を増やすゴールドは、人民元の裏付けとして機能すると考えられます。
- 世界最大の貿易国である中国は、人民元建て決済を拡大させています。中国は、多くの国に対して貿易黒字を有しており、すなわち、他国は中国が生産するモノを欲するため、貿易決済通貨の人民元への切り替えは比較的容易です。
- 一時はGDP比1%程度あった、米国の第一次所得収支の黒字も、米国債への利払い増大が作用して均衡に近づきつつあります。米国の債務が拡大すれば、所得収支は赤字に転じるでしょう。「デジタル黒字」によって、米国のサービス収支はGDP比1%程度の黒字ですが、GDP比4%程度の貿易収支の赤字をカバーするのは困難とみられます。
唐鎌氏の前掲書にしたがうと、貿易収支が赤字で、第一次所得収支も赤字、そして、対外純資産も赤字である米国は、「国際収支の発展段階説」上の第1ステージである「未成熟な債務国」の範疇に入ります。
中央銀行は資金収支の赤字による債務超過、市中銀行は巨額の債券の含み損を抱える
ほかにも、
- 米連邦準備制度理事会(FRB)は、資金収支の赤字が拡大して、現在は事実上の債務超過です(→7月時点で1,271億ドルの債務超過)。不換紙幣は「誰かが受け取ってくれる」という信用や、将来にわたる財政収支の流列に対する信用で成り立っていますから、FRBの債務超過がこれまでのところ、ドルの価値に影響を与えなかったことがただちに、今後の債務超過もドルに影響を与えないとはなりません。
- 米国の市中銀行は、保有資本の20%程度に相当する巨額の債券含み損(売買可能有価証券と満期保有目的有価証券の合計;3月末時点で5,165億ドル)を抱えています。これらの債券を売却しなければ損失は表面化せず、金利が低下するか満期償還を迎えれば万事解決するものの、銀行システムは盤石とも言えません。
これらの状況を考えると、ドルや米国債のファンダメンタルズは決して強固とは言えないでしょう。
誰がドルを支えるのか?
では、今後、誰がドルを支えていくでしょうか。
筆者は、日本だと考えます。日本の国際収支をみると、
- 安定した第一次所得収支はドルや米国債に再投資されている。
- 原発が止まり、戦争で高騰した化石燃料を購入するためにドル買い・円売りをする。
- 自前のテクノロジー企業やプラットフォーム企業を作らず、もしくは、採用せず、米国のテクノロジー企業を全面的に受け入れ、これらの独占・寡占企業に言い値でサービス利用料を支払う。
- 家計は、新NISAで(おもに)米国の株式を買う。
すなわち、見えてくるのは、ファンダメンタルズが弱い円が、ファンダメンタルズが弱いドルを支える構図です。
たとえば、ひとつ、思考実験として、日本で金利が上がったらどうなるかを考えてみてください。
われわれは、上手に資産運用を進める必要があるでしょう。
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