QUICKコメントチーム=岩切清司
日本株の活気が乏しくなって、だいぶたつ。隣の芝生が青く見えるように、不動産投資信託(REIT)の上昇ぶりは市場関係者の視線を集めずにはいられない。その中にあってさらに良好なパフォーマンスを演じているのが「SDGsなREIT」だ。
SDGsとは国連が提唱する「持続可能な開発目標(SDGs)」を指す。ESG(環境・社会・ガバナンス)がマネー側の動きだとすればSDGsは企業側の行動規範といったところ。いずれもグローバル市場で投資家が新たな投資尺度として用い始めている。
6月下旬から7月にかけ、アドバンス・レジデンス投資法人(3269)、ジャパン・ホテル・リート投資法人(8985)、日本プライムリアルティ投資法人(8955)が相次いで「グリーンボンド(GB)」の発行を決めた。環境省による「第1回グリーンボンド・グリーンローン等に関する検討会」の公表資料を参考にすると、2018年5月に日本リテールファンド投資法人(8953)のGB発行を皮切りにREITから6本のGBが発行され、今年も確認できるだけで既に6本の発行、もしくは発行決議がなされている。ここにきてREITによるGB発行がラッシュを迎えている。
そもそもGBとはどういった性格の債券なのか。東京海上アセットマネジメントの執行役員運用本部長、平山賢一氏によると「債券発行により調達した資金の全てが、新規又は既存の適格なグリーンプロジェクトにのみに活用され、そのプロセスやレポーティングについての原則を満たしていると認められた債券のことを意味します」となる。くだいて表現すれば「環境にやさしい事業にしか使わないのでお金貸してください」といったところか。
GBを発行したREITで構成したバスケットを指数化したのが以下のチャートだ。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がESG投資を開始した17年度入りの直前にあたる17年3月末を基準にした。
※バスケットの構成銘柄:アドバンス・レジデンス投資法人(3269)、ジャパン・ホテル・リート投資法人(8985)、日本プライムリアルティ投資法人(8955)、ジャパンエクセレント投資法人(8987)、日本プロロジスリート投資法人(3283)、ジャパンリアルエステイト投資法人(8952)、インベスコ・オフィス・ジェイリート投資法人(3298)、GLP投資法人(3281)、ケネディクス・オフィス投資法人(8972)、ユナイテッド・アーバン投資法人(8960)、日本リテールファンド投資法人(8953)
指数上昇加速のけん引役に
18年4月からGB発行REITバスケットが次第に指数をアウトパフォームし始めた姿が鮮明だ。今年6月からREITの上昇相場が加速した場面でもけん引役となった。
ほかのセクターに比べGBの発行件数が比較的多いREIT。背景には「発行しやすさ」があるとされる。例えば投資先の物件を改修するにあたり環境配慮型へ転換するなど1つ1つの事業で環境対応が可能だ。ESGの流れもあり「発行体にとっては新たな投資家層の拡大も魅力に映っているようだ。今後、信用格付にESG要素が明示的に反映されていく可能性もある」(大和証券の松坂貴生氏)という。
投資家から見ても、REITはそもそもインカム系の金融商品の1つ。ESG投資の実績も得られるとあれば低金利下にあっては資金を振り向けやすい。株式投資の面でもSDGsに積極的という観点では、仮に同じ配当利回りの銘柄があるとすればGB発行の実績がある銘柄を選択しやすいのかもしれない。またGBの発行条件が良好であればREITからすれば資金調達コストを抑えることにつながる。巡り巡って高配当を維持するという循環式もなりたつ。
ESG要素、影響力まだ小さいが
ただ、REIT以外のセクターでは、GB発行が追い風になっているというわけではないようだ。前出の環境省の検討会資料をもとに、セクターごとにGB発行企業を抜き出してバスケット化してみた。
REIT以外は軒並みTOPIXすら下回るパフォーマンスだ。BNPパリバ証券の中空麻奈チーフESGアナリストは「ESGのファクター要因がほかのファクターに比べ影響力がまだまだ小さいため反映されにくい」と話す。これは業績や政治、マクロ環境などの変数が株価に及ぼす影響に対しESGの要素はまだ負けてしまうということ。ESGの要素を背景にマネーは動き始めているが、日本に限っていえばまだ黎明期に過ぎない。どうしてもほかのファクターに飲み込まれてしまう。
またGBについてもESGスコアの高い銘柄の社債は既に信用格付けも高く、国債と比較した利回り差は既につぶれた状態だ。「GBだからといってスプレッドが縮小している債券の魅力はどうしても薄まって見える」(中空氏)。高邁な理想を掲げるSDGsにあっても、投資家からしてみれば運用パフォーマンスという十字架からは逃れられない。
「GBの発行には普通社債よりもコストがかかる。それでも発行するのだから、経営者が環境問題などに強い意識を持っていると評価できる。長期的には重要な投資判断の材料になるのではないか」(中空氏)。ESG投資やSDGsは運用面の超過収益を狙うテーマではない。
そうはいっても、企業にとってはSDGsへの取り組みができていない、逆行しているとなれば資金調達などが不利になる局面が到来する可能性がある。SDGsはやって当たり前。対応しなければマネーから冷たい仕打ちを受ける世界観。こうでもしなければ北極の氷は一段と小さくなり、海洋生物はプラスチックを食べ続け、人間社会では差別と格差が温存してしまうのかもしれない。
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