中国の武漢市を中心に世界的に新型コロナウイルスの感染が拡大する兆しを見せ、金融市場の先行き不透明要因となっている。グローバルマーケットでも株安の材料になるなど、影響力がじわじわ拡大。特に2000年代前半に流行した「SARS(重症急性呼吸器症候群)」と重なりやすく警戒心も足元で急速に高まる。QUICK Market Eyesでは市場関係者がどう受け止めているのか、以下のようにまとめている。
■「SARSと比べ中国人観光客の増加に留意」
野村証券は22日付のリポートで、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)感染拡大当時の動向を振り返り、「2003年当時、中国の内外で人の移動が活発となる旧正月(春節)休暇を境に各国・地域にSARS感染が拡大した経緯があることを踏まえれば、2020年の春節休暇が終わる1月30日以降、しばらくは市場でも警戒感が続くと見られる」と指摘した。
リポートでは「中国の経済発展に伴い、2003年当時と比較して中国人観光客が大きく増加している点も意識する必要があろう。万が一、感染が広がり、リスクオフの反応が広がった場合、2003年の状況を踏まえれば世界保健機関(WHO)が公表するデータ・見解が重視されることになるだろう」としながら、「当時は、イラク戦争も金融市場の主要なテーマとなっていたため判別が難しい面があるものの、2003年4月28日に主要感染国であったベトナムでSARS終息宣言が行われ、さらにはシンガポールでもWHOが感染の最悪期を過ぎたと宣言したことがリスクオフからの反転の決め手となった可能性が高い」と指摘。中国当局が積極的な情報開示に努める方針を示しているが、WHOの終息宣言に関心を寄せていた。
■アジア通貨の売り材料
21日の外国為替市場ではドルが人民元に対し大幅続伸し、1ドル=6.9050元近辺と前日の水準から0.05元程の元安・ドル高となった。中国の湖北省武漢市を発生源として感染が拡大する新型コロナウイルスの影響が嫌気された。マレーシア金融大手のメイバンクは22日付リポートで「旧正月に発生する大規模な人の移動を控え、SARSのようにウイルスが人から人へ感染すること確認されたことにより、アジア通貨に利食い売りが出た可能性が高い」と指摘。本リポートでは、SARS危機が発生した2002年の外国為替でみられた動きも検証している。
SARSの症例が最初に報告されたのは02年11月16日、中国南部の広東省だった。ただ、市場でSARSが脚光を浴びたのは03年2月末、広東省でSARS患者を治療していた医師が香港に戻った際にインデックス・ケース(地域初の感染)となり、香港で流行した時のことだった。
株式市場は02年12月から下落していたものの、SARS蔓延を受けて一段と下落した。
〇市場への波及
センチメントの悪化が感染地域の通貨を大きく下落させた。03年2月21日から同年3月18日までに、対ドルで韓国ウォンは4.9%下落、インドネシアルピアは1.3%下落、シンガポールドルは1.2%下落、フィリピンドルは1.1%下落した。
〇実体経済への影響
ホテルや航空輸送の活動減少がけん引する形で、レストラン・小売・陸上輸送が落ち込んだ。市場センチメントに加えマクロ経済が悪化したことで、為替レートに影響を与えた。
感染地域への観光客数は03年4~5月に減少のピークを迎え、6月に回復した。市場センチメントが悪化してから3カ月後のことだ。新型コロナウイルスについても、影響の封じ込めが早期に発揮されれば、マクロ経済への影響は一時的なものに留まるものと考えられる。
一方、03年にイラク戦争が勃発したことも考慮すべき事象だ。米軍によるイラクへの侵攻により、金価格や石油価格が大きく変動していた。単純に同期間の対ドルでみたアジア通貨の動きを評価するとミスリードを起こす可能性がある。その上で参考にしたいのが対ドルでみたタイバーツの動きだ。SARS発生時、タイへの感染は見られずタイ経済への影響は限定的だった。
■「SARS危機でサプライチェーンに影響なし、悪影響は観光」
影響は製造業よりサービス業が大きく受ける可能性を指摘する声もあった。JPモルガン証券は22日付のリポートで「新型コロナウイルスの現在のアウトブレイクの詳細についてはまだ不透明だが、2003年から2004年までのSARSのアウトブレイク時の影響と比較されることになるだろう」とし、「SARSアウトブレイクのマイナスのマクロ経済的影響は、最初の6~8週間で香港・シンガポール両国の経済成長の急激な低下につながった。ただし、SARS危機はアジアサプライチェーンに大きな影響を与えたわけではなく、悪影響が出たのは観光客数だった」と指摘した。
その上で「もし今回の新型コロナウイルスがSARSと同じような結果となった場合、観光客数の減少によってタイ、シンガポール、マレーシアなどの経済がマイナス影響を受ける可能性があるが、世界の成長に対する広範な影響は限定的であろう」とも指摘。さらに「長期的には為替市場への影響は限定的である思われる。我々は、短期的には市場がリスクオフモードのままであっても、構造的な力が円高圧力を制限すると引き続き考えている」とし、新型コロナに端を発したリスクオフに伴うドル安円高の可能性は限定的とみていた。
■「米国は既存のリソースで対処可能」
21日にアメリカ疾病管理予防センター(CDC)が米国でも感染者を確認したと発表したことを受けて、ダウ工業株30種平均は午後に下げ幅を200ドル超に広げる場面があった。世界中への感染拡大が警戒される中、レイモンド・ジェームズは同日付のリポートで「コロナウイルスは世界中でよくみられる。世界保健機関(WHO)は今週、これを国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態と認定すると予想されるが、米国政府が近い将来、この問題に対処するための新たな資金を承認するとは思えない」と指摘した。米国では複数の空港で検査を強化しているが、「既存のリソースで対処可能で、米国政府はCDCを含む複数の部署を通じてこのような感染症の発見と蔓延防止において世界をリードしている」とし、対応は可能と指摘した。その上で感染予防のためのワクチンはないとしながら、「CDCは①20秒以上、石けんと流水でよく手を洗う、②洗っていない手で目や鼻、口に触れない、③病気の人との密接な接触を避ける――ことを対策として提案している」との見解を示していた。