コロナ禍をきっかけに、市場が映し出す経済の姿は見る角度によって大きく変わっている。かく乱要因の一つがスマホアプリを利用して売買を繰り返す米個人投資家の存在だ。市場で付く価格には「落とし穴」があり、読み誤ると大きな損失を被りかねない。注意が必要だ。
■モノの値段が上がる?
3月のコロナショックから歴史的な急回復をみせた米株式相場。その理由は米連邦準備理事会(FRB)の金融緩和で実質金利が低下したため、と解説されることが多い。
実質金利とは見かけの金利(名目金利)から物価変動(期待インフレ率)の影響を除いた金利のこと。モノと比べたお金の価値を示す。
実質金利の低下は期待インフレ率の上昇、すなわちモノの価値の増加を意味する。だから、実物投資の側面がある株式の投資家は歓迎する。実際、FRBの施策を契機に4月上旬以降、株式投資家が望んだ実質金利の低下が加速した。株式投資家は大喜びでナスダック総合株価指数を最高値まで買い上げた。
だが、ちょっと待ってほしい。新型コロナウイルスで世界中が苦しみ、いろいろなモノの需要は急減しているのに期待インフレ率が上昇するのはおかしくないか。金(ゴールド)を買っている人は「考えすぎだ」と一蹴するだろうが、債券に投資する人の多くはそう考えている。
■ロビンフッダ―が伸ばした触手
ここからが本題だ。そんな疑問にFRB出身のエコノミスト、ロバート・ペルリ氏は最近、ツイッターへの投稿で次のように説明した。「インフレが近づいているというのは誤解だ。単に流動性の問題だ」。
米セントルイス連銀によると、5年後から始まる5年間の平均期待インフレ率、すなわち期待インフレ率の「先物」は4月14日に1.64%で、7月29日は1.68%。わずか0.04%の上昇にとどまる。
これに対し、10年物の米国債の利回り(名目金利)から同じ期間の米物価連動国債の利回り(実質金利)を引いた期待インフレ率の「現物」は1.29%から1.53%へと0.24%上昇した。
期待インフレ率は「先物」がほとんど変わらないのに「現物」だけが急上昇した。それは人々の予想が変わったからではなく、単に「現物」の期待インフレ率の裏側にある物価連動国債の利回りが流動性の回復で低下したため、とペルリ氏は説明する。需給要因にすぎないという訳だ。
流動性の回復は誰がもたらしたのか。ツイッターでは株式取引アプリのロビンフッドを利用する個人投資家、通称「ロビンフッダー」の存在が話題を集めている。ロビンフッド経由の保有者数を追跡するインターネットサイト「ロビントラック」によれば、「iシェアーズ米物価連動国債上場投信(ETF)」の保有者数は4月13日に240人だったが、7月30日には408人に急増した。債券市場への影響はまだ限定的とみられるが、株式市場にとどまらず、その存在感の高まりは軽視できない。〔日経QUICKニュース(NQN) 編集委員 永井洋一〕