安全保障に関わる物品の輸出管理の強化を目的とした中国の輸出管理法が12月1日に施行された。WTO(世界貿易機関)は、加盟国に恣意的な貿易規制を厳しく禁じているが、GATT第21条により、安全保障に関しては例外とされ、広範な裁量権が各国に与えられている。米国の対中輸出管理は米国輸出管理規則(ERA)によるものだが、これもGATT第21条を根拠とした制度だ。
輸出管理法の全体像示さず
中国の輸出管理法は、日本を含む多くの国と同様、管理品目と輸入業者のリストを設け、輸出を管理する仕組みだ。特に注目されるのは「再輸出規制」の導入だ。再輸出とは、外国から輸入した通関済みの商品を輸出することである。米国のERAは再輸出を規制しており、例えば米国から輸入した半導体を使って日本国内で組み立てたパソコンを輸出する場合、日本の外為法だけでなく、米国政府にERAに基づく手続きをして、審査を受けなければならない。米中両国が再輸出を規制したことは、対象企業にとって極めて面倒な作業であり、米中が通商管理に強い影響力を持つことになる。
中国政府は今のところ管理品目リストの全体像を明らかにしていない。最も懸念されるのは、レアアースが含まれる場合だ。米国地質調査所(USGS)の統計によると、2019年のレアアース生産量は世界全体で21万トンだった。このうち、中国は13万2千トンを生産しており、シェアは62.9%になる。
図表:レアアースの生産量(2019年)
期間:2010~2019年
出所:米国地質調査所の統計よりピクテ投信投資顧問が作成
中国の世界シェアは2010年に97.7%だったが、その後は低下基調だ。中国も生産を増やしてきたが、世界的な需要拡大でオーストラリアと米国が増産し、相対的に中国のシェアが下がった。もっとも、米豪の埋蔵量は大きくなく、世界の埋蔵量の4割近くが中国とされる。長期的にはブラジルやベトナム、海底資源の開発、さらには代替品やレアアースを使わないバッテリー、発光ダイオードなどの技術を生み出す必要があるが、当面は中国からの輸入に依存せざるを得ず、輸出管理品目にレアアースが含まれていたらインパクトは大きなものになる。
菅首相の力量は不明
中国は、あえてリストの全体像を示さず、米国を中心とした各国と個別交渉に臨む方針なのではないか。それは中国の交渉力を高める上で効果的だ。今後の米中関係を占う上で、ジョー・バイデン次期大統領がどのような姿勢で中国に臨むのかも注目される。
日本政府は、中国にリストの提示を求めたうえで、日本が影響を受けないように中国政府と交渉しなければならない。レアアースに関しては代替調達先の確保と代替品の開発を積極的に進め、中国が交渉の主導権を握らないようにする必要がある。
さらにはTPPやRCEPといった多国間の通商協定を通じて、選別的な通商政策による覇権争いに巻き込まれない外交力が問われる。この点において、安倍晋三前首相は極めて巧みなバランス感覚を示した。菅義偉首相にそうした力量があるのかは、まだ分からない。
ピクテ投信投資顧問シニア・フェロー 市川 眞一
クレディ・スイス証券でチーフ・ストラテジストとして活躍し、小泉内閣で構造改革特区初代評価委員、民主党政権で事業仕分け評価者などを歴任。政治、政策、外交からみたマーケット分析に定評がある。2019年にピクテ投信投資顧問に移籍し情報提供会社のストラテジック・アソシエイツ・ジャパンを立ち上げ