【日経QUICKニュース(NQN) 高和梓、内山佑輔】「パブリック」から「プライベート」へ――。野村ホールディングス(野村HD、8604)の奥田健太郎グループ最高経営責任者(CEO)が今年5月の投資家向け説明会で事業領域の拡大を宣言してからおよそ半年。キーワードである「プライベート」の具体像が徐々に姿を現し始めた。顧客対象を上場企業だけでなくスタートアップなどの非上場企業に拡大。法人、個人を問わず顧客のより身近な分野を深掘りするよう、営業体制を強化した。さらに提供する商品やサービスもこれまで主力だった上場市場に加え、私募や非上場株式などオルタナティブ(代替)投資商品まで多様化していくのが柱だ。
■「上場投資法人」、非上場企業へ個人マネー取り込む
「非上場企業の資金需要と投資家のニーズをつなぐことで、プライベート市場が活性化し資本市場の厚みが増す」。12月1日開催の投資家向けインベストメントフォーラムで、野村HDの奥田CEOはこう力を込めた。目玉は非上場企業にリスク資金を供給する「上場投資法人」の設立だ。不動産投資信託(REIT)と似た仕組みで、個人投資家などから一定規模の資金を集めて非上場企業株を購入する。多様化する非上場企業の資金ニーズと、より収益性の高い運用手段を求める個人投資家をマッチングさせる狙いだ。
野村HDが狙うのは、国内法人の99%以上を占めるとされる非上場(プライベート)企業。スタートアップから上場間近といった成長ステージや、同族経営か否かなどの形態によって資金需要も様々だ。後継者難に苦しむ成熟企業ならM&A(合併・買収)などでの事業承継も必要で、決してIPO(新規株式公開)だけが解決の手段ではない。新たな営業方針のもと、インベストメント・バンキング部門やマーチャント・バンキング部門、さらに営業部門が横断的に手を組み問題解決にあたる。
非上場企業の資金ニーズに応える一方、資金の出し手である個人顧客の取り込みに向け、営業スタイルを一部変えた。10月から全国の一部支店で、営業員がオンラインで顧客とやりとりをする「リモート相談サービス」を開始。野村が独自に開発したオンライン会議のようなシステムで、顧客と営業員が画面を介して資料を共有しながら資産の運用状況を確認したり、書き込みながら商品説明をしたりできる。個人の私的(プライベート)なニーズにより近づこうとする試みだ。
投資アイデアなどを提案するアドバイス機能についても、これまで別々だった個人投資家向けと、公的年金や企業年金など機関投資家向けを一元化。2021年4月から順次、個人にも機関投資家と同等の投資戦略などのアドバイスサービス提供を始める。営業担当者は一層コンサルティング能力が求められるようになることもあり、顧客の資産額に応じて報酬をもらう制度「レベルフィー」の導入を検討している。
■アナリストは方向性評価、あとは「スピード感」
第3の柱となる商品の多様化についても「プライベート」が戦略の軸だ。上場株式や社債など公開市場で取引される金融商品は、市場全体の値動きと同程度の運用成績を目指す「パッシブ運用」を手掛ける投資資金の拡大で、なかなか高い運用成績を上げづらいのが実情だ。
そこで、リスク度合いに見合った高い利回りを見込める非上場企業の株式や債券、さらにインフラ投資関連を含めたオルタナティブ商品の開発力を強化する。野村HD経営企画部の森内博之部長は「我々が得意とする伝統的な上場企業株や流動性の高い商品だけではなく、非上場株などの商品への引き合いは強い」とみる。
野村HDが新たな領域拡大に乗り出すのは、世界的な低金利環境が続くなか、既存のビジネスモデルの延長では将来の成長を確保しづらいとの危機感があるからだ。個人営業の世界はインターネット証券の台頭などで激変し、強固な顧客基盤に全国の営業部隊が販売攻勢をかける手法は見直しを迫られている。機関投資家の運用を手掛ける部門も、低金利で運用益を上げにくい。
シティグループ証券の丹羽孝一アナリストは野村HDの取り組みを「人事や報酬制度を含めた営業変革の方向性は正しい」と評価。「あとはどれだけスピード感を持って取り組めるか。米国には同様に富裕層の資産を預かるビジネスで、年に1桁後半から2桁の利益成長を達成している会社もある」と話す。スタートアップ向け資金供給についても「市場は拡大しているが、クラウドファンディングなど新たな資金調達手段もあらわれ、競争は激しい」と冷静にみる。
「今私達が立っている場所とは違う所、違う次元に野村を持って行きたい」と奥田CEOが5月の投資家向け説明会で強調したように、野村HDは大きな変革期にある。プライベート重視戦略は、国内証券業界の浮沈にも関わる重要なテーマでもある。
<金融用語>
オルタナティブ投資とは
伝統的な投資対象である株式、債券と相関しないとされる一連の運用対象に投資すること。 具体的にはヘッジファンド・商品ファンド・不動産などがそれにあたり、従来にない資産に代替する(=オルタナティブ)という意味でこの名称が使われている。