【QUICK Money World 辰巳 華世】6月16日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で2023年への利上げ前倒しが示され、株式相場や商品相場が大きく下落しました。新聞などのマーケットニュースでは「インフレトレードの巻き戻し」という表現を目にする機会が多くなったと思います。さて、株価や商品価格が下落した「インフレトレードの巻き戻し」とはいったい何なのでしょうか。なぜ起こったのでしょうか?それによって家計における資産運用はどんな影響を受けるのでしょう?今回は「インフレトレードの巻き戻し」について考えてみたいと思います。
まず、インフレトレードの前提となる「インフレ」という単語について簡単に振り返っておきます。インフレとはインフレーション、つまり物の値段=物価が上がっていくことです。別の言い方をするとお金の価値が下がることになります。例えば、これまで500円で食べていたラーメンが1000円払わないと食べられなくなる。同じラーメンを食べるのにお金を2倍払わないと食べられない。ラーメン価格は2倍に、お金の価値は半分になったと言えます。一般的に、景気改善がインフレを引き起こすとされています。
「インフレトレード」とは何か?
インフレトレードとは、景気回復の加速やインフレを見込んで株式や商品、資源などといった、インフレに強い(物価上昇に負けないペースで価格が上昇する)資産に投資する取引のことを指します。また、投資するだけでなく、インフレで金利が上昇することに賭けて債券を売る動きもインフレトレードと呼ばれます。つまり、インフレトレードとは、インフレに備えた売買ポジション(インフレヘッジ)を取る取引と言えます。
インフレになると物の値段が上がるので、株価は上昇します。インフレによって商品やサービスの単価が上がるので会社は利益が出やすくなる、だから株価が上がるという流れです。このほか、金や銅といった商品や、不動産なども、過去のデータを見ると、インフレ時に大きく価格が上昇する傾向があります。
FOMCで流れが変わったインフレトレード
2020年3月の新型コロナウイルス感染拡大を受け、経済の停滞が懸念されましたが、米国では金融政策や政府の財政出動が功を奏し景気が回復しています。2020年11月以降は株式相場が大きく上昇。新型コロナウイルスワクチンの接種ペースが一段と進むことで景気回復が加速するとの期待を背景に、インフレ見通しが高まりました。この流れから物価上昇局面を視野に入れた「インフレトレード」が盛り上がり、株高・商品高の展開になりました。
しかし、ここに来てこれまでの流れが変わりました。きっかけは、6月16日のFOMCで米連邦準備理事会(FRB)が金利引き上げの前倒し方針を打ち出したことです。これまでマーケットでは、FRBは「物価上昇を容認し、長期的に金融緩和を続ける」と見る投資家が多かったのですが、FOMCで利上げ賛成派(金融引き締めに前向き)の「タカ派」が予想以上に多かったことが分かり、市場での認識が変わりました。では、なぜ利上げが株や商品などの売りにつながるのでしょうか。
利上げはインフレ抑制につながる
一般的に、FRBなどの中央銀行は景気が過熱しすぎたりインフレ懸念が高まりすぎると、利上げしてバブルにならないように景気をコントロールします。中央銀行が利上げをすると企業が借り入れをする銀行金利も上昇するので、設備投資などが抑制され、景気が減速。ひいては個人消費の意欲が衰える傾向があります。つまり、利上げはインフレの抑制と景気減速につながる可能性があるのです。
早期利上げ観測でインフレトレードの「巻き戻し」、資産への影響は?
市場では、16日のFOMCでの早期利上げ観測を受け「インフレトレードの巻き戻し」が起こりました。株式相場は急落。前週末18日のダウ工業株30種平均は5日続落し、週間では3.5%安と今年に入り最大の下落率を記録しました。週明け21日の東京市場でも、日経平均株価の終値が953円安と大きく売られました。金やプラチナなど国際商品の価格も下落しており、金価格の国際指標のニューヨーク先物は18日までの1週間で6%近く下げ、銅もロンドンの3カ月先物が売られています。一方、債券相場では金融政策の影響を受けやすい5年債利回りが上昇(価格は下落)した一方、景気減速とインフレの鈍化懸念から長期金利の指標となる10年債や超長期の30年債の利回りは低下(価格は上昇)しました。
<6月中旬以降、各資産が大きく下落している>
「インフレトレードの巻き戻し」とは、景気回復やインフレを見込み、株式や商品などのインフレに強い資産に投資してきた流れから、資金をいったん引き上げる動きを指しています。景気減速やインフレ抑制の懸念から株や商品などが売られ、債券相場では金融政策の影響を受けやすい満期までの期間が短い債券が売られ、長い債券が買われることで、利回り曲線の傾きの平たん化(フラットニング)が起こります。
<フラットニングのイメージ>
今後の展開
「インフレトレードの巻き戻し」で株式市場は急落し、特に素材やエネルギーなど景気敏感株が売られました。ただ、このまま一辺倒に株式相場が下がる展開はなさそうです。パウエルFRB議長が22日の議会証言で「インフレは一時的なものである」と改めて強調したので、市場ではさらに利上げ観測が強まることはなく、落ち着きを取り戻しました。
さらに、パウエルFRB議長は、インフレは一時的としながら、秋には力強い雇用回復が期待できると強調しました。この先しばらく適度なインフレと景気回復が見込める可能性があるので、株式市場では再び、成長期待が高いハイテク株やIT株へ資金が流れています。
米国は景気回復の加速で、今後の金融緩和縮小や利上げの可能性が高まっています。この先も金融政策の出口議論を受け、相場が乱高下することはありそうです。引き続きFRB高官の発言やFOMCの内容には注目が集まるでしょう。場合によっては再び、インフレトレードが強まったり、あるいは「巻き戻し」が発生したりするかもしれません。
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