4月16日、衆議院長崎3区、島根1区、東京15区の補欠選挙が告示を迎えた。投開票は28日だ。
自民党は2選挙区で候補者の擁立を見送り、与野党対決は島根1区のみとなった。「保守王国」と言われてきただけに、ここで負けた場合、岸田文雄首相の9月の党総裁選再選戦略に大きく影響するとの見方は少なくないようだ。
もっとも、岸田首相は、島根1区を含む3つの補選をそれほど重要と考えていないのかもしれない。パーティー券売り上げ還流問題はあくまで清和政策研究会(自民党安倍派)を中心とした事案であり、自分の責任ではないとの思いがあるからと推測される。むしろ、岸田首相がこの補選で気にしていたのは、全く別のことだったのではないか。
それは、小池百合子東京都知事の去就だ。同都知事の任期は今年7月30日に満了するため、7月には都知事選挙を行わなければならない。ただし、2期目が最終段階に差し掛かったにもかかわらず、小池知事はまだ3期目を目指すとは明言していないのだ。
岸田首相にとって懸念材料だったのは、小池都知事が任期切れ直前に辞任、東京15区から補選に立候補していたケースと推測される。仮に新党を立ち上げれば、次の総選挙で台風の目となる可能性があるからだ。
その小池知事にはもう1回チャンスが訪れるかもしれない。それは岸田首相が今通常国会の会期末に衆議院を解散し、7月に総選挙が実施されるケースである。
東京都議会は年4回の定例会を行うが、その第2回は6月初めに始まり、中旬に終わるのが慣例とされてきた。小池知事が都知事として3期目を目指すとしても、国政復帰を図るとしても、この6月定例会が自らの去就に関し決意を述べる機会になるだろう。そこで衆議院が解散されるのであれば、都知事を辞任しても都知事選挙の日程は変わらず、都知事としての責任を放棄したことにはならない。
逆に岸田首相の立場に立って考えた場合、そうしたタイミングで解散をすることは考え難いのではないか。
9月の自民党総裁選へ向け、党内に有力なライバルがいるのであれば、一か八かの解散・総選挙は検討に値する。ただし、その総選挙で自民党の議席が大きく減った場合、公明党と合わせて与党が過半数を維持したとしても、総裁選での再選は難しさを増すだろう。来年7月には参議院選挙があり、自民党にとってはこれも負けるわけにはいかないからだ。
従って、現段階で自民党内には岸田首相の脅威となるライバルが明確ではないなか、あえて勝負に出る必要はないとの判断が成り立つ。また、総選挙の結果が自民党にとって悪くないとしても、小池知事が衆議院議員として自民党に復党すれば、やはり総裁選での再選戦略が不透明になる可能性は否定できない。
そのように考えると、6月解散・7月総選挙説は、確率がゼロではないものの、高いわけではなさそうだ。
岸田首相にとってのメインシナリオは、9月の自民党総裁選で再選された後、間を置かずに衆議院を解散することではないか。総裁選直後となるため、総選挙で多少議席が減っても、よほどの大敗でない限り、すぐに「岸田降ろし」とはならないと予想されるからである。
最近の世論調査で岸田内閣の支持率は低迷を続けているものの、野党の支持率も目立っては上がっておらず、かつ、総選挙へ向け各小選挙区で野党共闘が成立するメドは立っていない。
■大手メディア5社の世論調査・政党支持率
期間:2024年3、4月、出所:各社の調査よりピクテ・ジャパンが作成
岸田首相のライバルは、世論調査で人気のある石破茂元自民党幹事長でも、河野太郎デジタル改革担当相でも、小泉進次郎元環境相でもないのではないか。真のライバルは小池東京都知事であり、その去就が解散のタイミングに影響を及ぼすと考えられる。
小池都知事の国政復帰を封じる上でも、解散・総選挙は秋が岸田首相のメインシナリオと想定されよう。
ピクテ・ジャパン シニア・フェロー(中京大学客員教授) 市川 眞一
クレディ・スイス証券でチーフ・ストラテジストとして活躍するかたわら、小泉内閣で構造改革特区初代評価委員、原子力国際戦略検討小委員会委員、民主党政権で事業仕分け評価者、内閣府規制・制度改革委員などを歴任。政治、政策、外交からみたマーケット分析に定評がある。2019年9月、ピクテ・ジャパン(旧ピクテ投信投資顧問)に移籍するとともに、情報提供会社のストラテジック・アソシエイツ・ジャパンを立ち上げ。中京大学客員教授も務める。