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ルパン三世はなぜ偽札を捨てたのか? 「カリオストロの城」が示す不換紙幣の罪(木村貴の経済の法則!)

【QUICK解説委員長 木村貴】宮崎駿監督の劇場映画初監督作品『ルパン三世 カリオストロの城』は、公開から45年たった今もファンの多い長編アニメだ(以下、作品の内容に触れています)。冒頭、ルパンは欧州の国営カジノから大量の札束を盗み出すが、逃げる途中、精巧な偽札であることに気づき、「捨てちまおう」と車から投げ捨てる。

青空をバックに緑の紙幣が舞い散る映像は美しく、みごとな幕開けだが、よくできた偽札なら、使ってしまってもばれないだろうに、ルパンはなぜ捨ててしまったのだろう。この作品は、お金の意味について考えるきっかけを与えてくれる。

ルパンが盗んだ偽札は伝説の「ゴート札」で、カリオストロ公国という歴史ある小国がひそかに製造していた。ゴート札は中世以来、欧州の動乱の陰にうごめき、王朝を破滅させたり、戦争の資金源となったり、世界恐慌の引き金にもなったという。城の地下工房では、公国の実権を握るカリオストロ伯爵の指揮の下、マルク、ポンド、ドル、フランなど世界中の通貨の偽札が作られており、ルパンとともにそれを見つけた銭形警部は「噂には聞いていたが、まさか独立国家が営んでいたとはな」とうなる。

早い者ほど得をする

そもそも偽金作りは、なぜ悪いことなのだろうか。「法律で禁止されているから」という単純な理由ではなく、もう少し深く考えてみよう。

自由な市場経済で、お金を手に入れるまっとうな方法は一つしかない。他の人が欲しがる商品やサービスを生み出して売り、その対価として受け取ることだ。しかし、まっとうでない方法なら別にある。お金を作ることだ。もし新しいお金を簡単に作ることができれば、最初に何も価値あるものを生み出さなくても、作ったお金と引き換えに商品やサービスを消費することができる。もちろん、これは詐欺であり、偽金作りという犯罪だ。

もし偽金が偽物だとばれず、お金として市場に流通したら、経済にどんな影響を及ぼすだろう。お金の総量であるマネーサプライ(通貨供給量)を増やし、その結果、商品やサービスの価格を押し上げる。つまり、お金の単位(1ドル、1円など)あたりの購買力を引き下げる。お金の価値を奪うといってもいい。

お金の量が増えると購買力が下がるという事実は、昔から知られている。18世紀英国の哲学者デビッド・ヒュームは、天使が不思議な力を使い、人々全員の持つお金を一晩で2倍にしてやっても、結局誰も豊かにならないと説いた。人々が増えたお金で喜んで商品を買おうとすれば、物価はほぼ2倍になり、購買力が半分になるだけだからだ。

現実の偽金作りも基本は同じだが、影響はもう少し複雑だ。実際の偽金作りは、慈悲深くて分け隔てしない天使と違い、せっかく作ったお金を隣近所にタダで配ったりしない。自分で買い物に使う。偽金と引き換えに、様々な商品やサービスを手に入れる。その次に偽金を手にするのは、これらの商品やサービスを偽金作りに売った小売商人たちだ。こうして偽金は波紋のように広がっていき、人々の財布から財布へと移動する。

この過程で、所得の再分配が生じる。最初に偽金作り、次に小売商人たちと、新しいお金を早く手にした人がそれを買い物に使うにつれ、商品やサービスの需要が増え、物価が上がる。一方、お金を手にするのが遅い人は、物価高のせいで、あまり得ができないか、損をする。最悪なのは、物価高の中で新しいお金を最後まで手にできない人だ。要するに、偽金を早く手にした人々は、偽札だと知っているかどうかにかかわらず、受け取るのが遅い人やまったく受け取れない人を犠牲にして、利益を得る。

偽金作りは人々のお金の価値を奪い、不当な利益を得る。これは泥棒と同じだ。ある意味で、普通の泥棒よりも巧妙でタチが悪い。お金を実際に盗むわけではないので、犯行が発覚しにくく、お金の価値を奪われた人も被害に気づきにくい。狡猾な犯罪だ。ルパンが偽札を使わず、惜しげもなく捨ててしまったのは、鮮やかな手口で財宝や大金を盗み出す、自らの美学に反すると思ったからに違いない。

政府の「詐欺と欺瞞」

実は、お金を作ることでお金の購買力が失われ、早く手にした者ほど得をする再分配が起こるのは、本物と信じられている偽金であっても、本物のお金であっても、変わらない。

日本では日銀、米国では連邦準備理事会(FRB)、欧州では欧州中央銀行(ECB)といった中央銀行が現在、お金を作っている。もちろん違法な偽金作りと違い、中央銀行の通貨創造は合法だ。けれども、それだけの違いでしかない。経済に及ぼす影響は同じである。

世間に出回るお金の総量が増えることにより、物価が全般に上昇し、お金の購買力を奪っていく。影響の度合いは人によって異なる。

中央銀行が作ったお金を最初に手にするのは政府だ。政府は手にしたお金を様々な事業に支出する。受け取るのはそれぞれの事業に関係する団体や企業だ。以下、お金は川下へと波紋のように広がり、お金を早く受け取れる人と、遅くしか受け取れない人、まったく受け取れない人との間に所得格差を生んでいく。大まかにいって、得をするのは政府関係者や政府と親しい特権層であり、損をするのは政府にコネのない庶民層だ。

繰り返すが、お金の量を増やすと、それが合法だろうと違法だろうと、人々のお金の価値を奪う。その度合いは不均等であり、お金を早く手にした一部の者が他を犠牲にして利益を得る。政府・中央銀行の通貨創造は合法だが、多くの人の財産権を侵し、不当な所得格差をもたらす点で、偽金作りと変わりはないのだ。

もしお金がお札でなく、金貨や銀貨なら、このようなことは起こらない。紙のお札と違い、人工的に大量生産できないからだ。ただし金や銀と引き換える約束をしたお札(兌換紙幣)であれば、渡せる金や銀がなくなるほど野放図に刷ることはできない。もし刷れば破綻する。

だが金や銀と交換する約束のないお札(不換紙幣)であれば、いくらでも増やせる。現代の政府・中央銀行がやっているのは、それだ。多くの国は政府支出を大盤振る舞いしすぎて多額の財政赤字を出している。それを埋め合わせようにも、増税は国民の反発が強い。そこで頼りにするのが中央銀行によるお金の創造だ。これは事実上の税であり、インフレ税と呼ばれるが、普通の税と違って取られたことがわかりにくいので、「隠れた税」ともいわれる。偽金作りの手口と同じく狡猾だ。

ノーベル経済学賞を受けたフリードリヒ・ハイエクは、「政府による貨幣管理の歴史は、数少ない幸福な短期間を除けば絶え間ない詐欺と欺瞞の歴史であった」(『致命的な思いあがり』)と断じる。政府が好き勝手にお金を作って使うのは、偽金作りと変わらない「詐欺と欺瞞」だと、その罪を糾弾しているのだ。

輪転機は止まらない

『カリオストロの城』に戻ろう。銭形警部は国際警察(インターポール)の会議で、カリオストロ公国の偽札作りを強制捜索で暴くよう訴えるが、大国の代表たちは抵抗する。どうやら、自国が陰謀のために偽札を発注していた真相が露見するのはまずいと考えたようだ。

敵国の経済を混乱させることを狙って、偽札を作るという陰謀は、実際存在するにしても、あまり意味はない。それぞれの国の政府自身が、偽札作りよりはるかに大きな規模で公然とお金を刷りまくり、物価高や格差の拡大、バブル景気とその破裂など、自国の経済に混乱を引き起こしているからだ。国家が偽札作りを営んでいることに驚いた銭形警部だが、通貨発行を利用して利益を得る点では、国家こそ親玉である。

アニメではルパンたちの活躍によって、カリオストロ伯爵の偽金作りは終わりを告げる。しかし現実の世界では、今でも中央銀行というカリオストロ伯爵は健在で、お金を輪転機でせっせと刷り続けては政府の財政赤字を埋めている(現実には政府とのお金のやり取りは帳簿上で操作する)。

日本政府は財政難にもかかわらず、2025年度予算の一般会計総額で過去最大の117兆円超を計上するという。財政赤字をお金の発行で穴埋めする財政ファイナンスが事実上続く。一夜にして滅びたカリオストロ公国の二の舞にはなってほしくない。


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