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インフレ税を知っていますか? お金の価値を奪う見えない税金(木村貴の経済の法則!)

記事公開日 2024/9/20 11:38 最終更新日 2024/9/20 11:40 金融政策 中央銀行 木村貴 インフレ税 木村貴の経済の法則! お金 日銀

【QUICK解説委員長 木村貴】最近ニュースなどで話題になっている、「インフレ税」をご存じだろうか。なに、知らない? 困ったな。それでは、国税庁ホームページの「税の学習コーナー」に主な税金の種類が載っているから、確かめてみよう。

消費税、所得税、住民税、法人税、酒税、たばこ税、関税……それにしてもたくさんある。まだある。揮発油税、自動車税、自動車重量税……どうやら主な税金はこれだけらしい。インフレ税という税金は、載っていない。

そう、インフレ税という名前の税金はない。コンビニのレシートに「インフレ税○○円」などと印字されてはいないし、給与明細の天引き欄に「インフレ税○千円」などと書いてもない。インフレ税をどこかで払った覚えのある人はいないだろう。それでも、私たちはインフレ税をしっかり払わされている。どうやって? 以下、説明しよう。

合法な「偽金作り」

歴史上、どの国でも政府は慢性的な収入不足に悩んできた。理由は明らかだ。普通の個人と違って、政府は役に立つ製品やサービスを生産して市場で販売することができない。サービスを生産して売るのではなく、市場や社会に寄生して生きるしかない。社会の他のあらゆる個人や組織と異なり、政府はその収入を強制によって、つまり課税によって得る。

政府の力が強くなる前、国王は私的に所有する土地・森林で採れた作物や通行料によって、十分な収入を得ることができた。平時から定期的に課税できるようになった後も、国王たちは、安易に新たな税や増税を強いてはいけないと承知していた。もしそんなことをすれば、革命が勃発しかねないからだ。

政府が使いたいと望む額に税収がいつも足りないなら、どうやってその差額を補うのだろう。お金を作るのだ。昔なら金貨や銀貨の品質を落とし、以前より多くのお金を発行して使えるようにした。これは民間人がやれば、偽金作りといわれる犯罪行為だ。しかし政府が行えば、「通貨発行益(シニョリッジ)を得る」と優雅に表現される。

市場経済では、まっとうにお金を手に入れるためには、製品やサービスを売った代金としてもらうか、お金を好意でプレゼントしてもらうしかない。これに対して偽金作りは、通貨偽造によって利益を得ようとする泥棒である。偽造がすぐに発見されれば実害はないけれども、発見されない限り、偽金作りは偽金を直接押しつけた相手からだけでなく、すべての人からお金の価値を奪う。偽札でお金の量を増やすことによって、物価を上昇させ、本物のお金の価値を薄めるからだ。

これは普通の泥棒よりも、ある意味で悪質で、経済を破壊しかねない。社会のあらゆる人から大切なお金の価値を盗み、しかもその盗みは目に見えないから、物価高の「犯人」であることがばれにくい。

実は、お金を作ることによって、お金の価値を奪うのは、「民間」の違法な偽金作りの場合だけではなく、政府・中央銀行の合法的な通貨発行でも同じだ。巨額の債務を抱える政府は、その恩恵に存分に浴している。お金の量が増え、通貨価値が目減りすれば、政府債務の実質的な負担が減るからだ。一方で、民間の人々の保有する現預金の価値は目減りする。お金の価値が民間から政府に移転する形になる。

これは自然に起きたことではなく、政府自身が中央銀行を通じ、金融緩和政策によってお金の量を意図的に増やし、インフレを起こした結果だ。事実上、税金を徴収するのと同じなので、「インフレ税」と呼ばれる。経済学者マレー・ロスバードは「金融緩和は、隠された税の巨大な企み」だと指摘する。

もちろん、偽金作りは違法な犯罪であるのに対し、中央銀行がどんなに大量に円やドルを発行しようと合法だ。けれども、昔の王様が金貨や銀貨の品質を落とし、お金の量を増やしたのも、当時は合法だったのだ。少なくとも、インフレ税は人々の大切なお金の価値をひそかに奪う点で、偽金作りと変わらない。

憲法違反の「税」

インフレ税は、他にも重大な問題をはらんでいる。

国民から税金を取る場合は、議会の制定した法律に基づかなければならない。これを「租税法律主義」という。税金は国民に対して直接負担を求めるものだから、必ず国民の同意を得なければならないという原則である。古くは13世紀英国の大憲章(マグナ・カルタ)にさかのぼる、近代国家の根幹をなす憲法原理である。

租税法律主義は、日本国憲法にも定められている。「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする」と述べた第84条がそれだ。法律で定めなければならない要件は、納税義務者、課税物件(何に課税するか)、課税標準(所得金額など税額算定の基礎)、税率、賦課・徴収の手続きなどである。

さてインフレ税は、これらの要件を定めた法律(税法)が、国会で制定されているだろうか。「インフレ税法」という法律はあるだろうか。もちろん、ない。

日本の場合、お金を作っているのは日本銀行だ。しかし少なくとも建前上、日銀はインフレ税を稼ぐためにお金を作っているわけではない。通貨の発行はあくまでも金融政策の手段だとしている。消費税法や所得税法のような、税の要件を定めた税法に則って行動しているわけではない。

そもそもインフレ税は、法律で要件を定めようとしても、ほとんど不可能だ。納税義務者はお金を保有する人、課税物件はお金だとしても、税率を定めるのは無理である。物価はすべての商品が同じ率、同じタイミングで上がるわけではないし、何の商品を買うかは人さまざまだから、お金の価値を失う度合いは人によって異なる。つまり、人によって税率が異なることになる。しかもそれがそれぞれ何%か事前にはわからない。賦課・徴収の手続きに至っては、そもそも手続きが存在しない。国民は手持ちのお金の価値が、物価高でいつの間にか減っているのに気づくだけである。

要するに、インフレ税は憲法で定める租税法律主義を満たしていないし、満たすこともできない。厳しくいえば、近代国家の原則に反する、憲法違反の「税」なのである。

インフレ税は事実上、税金と同じだが、普通の税よりもたちが悪い。税率や手続きが不透明で、国会で審議もされないからだ。有権者の反発を受けにくいため、政治家に増税の抜け穴として利用される恐れがあるし、事実利用されている。

「インフレ税がデフレ脱却に役立ち、経済にプラスになるのなら、いいではないか」という意見があるかもしれない。そもそも脱デフレが経済にプラスになるのか疑問だが、かりにプラスだとしても、インフレ税を正当化する理由にはならない。普通の税は、たとえ目的がどんなに立派でも、必ず国会で審議し、承認を受けている。

世界経済の不安定要因に

現実には日本に限らず、米欧を含め多くの国の政府が通貨発行によってインフレ税を得ている。だからといって、国民の目を欺いて見えない税をかすめ取る、その行動が正しいとはいえない。

無理が通れば道理は引っ込むものだが、道理に反した行為は、経済や社会に悪影響を及ぼす。物価高による庶民の苦しみや怒りのほか、インフレ税で政府債務の負担が実質軽くなるのをいいことに、各国政府が巨額の債務を膨張させ、世界経済の不安定要因となっているのは、そうした悪影響の一部だ。

前出のロスバードは、「政府・中央銀行はまさに偽金作りと同じように行動し、非常によく似た社会的・経済的影響を及ぼしている」と述べる。現代の通貨・金融制度の闇は深い。世界がそのとがめを受ける日は、そう遠くないかもしれない。

著者名

木村貴(QUICK解説委員長)

日本経済新聞社で記者として主に証券・金融市場を取材した。日経QUICKニュース(NQN)、スイスのチューリヒ支局長、日経会社情報編集長、スタートアップイベント事務局などを経て、QUICK入社。2024年1月から現職。業務のかたわら、投資のプロに注目される「オーストリア学派経済学」を学ぶ。著書に「反資本主義が日本を滅ぼす」「教養としての近代経済史」ほか。


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