QUICK Money World(マネーワールド)

個人投資の未来を共創する
QUICKの金融情報プラットフォーム

ホーム 記事・ニュース 小さな政府で大きな自由を 国債頼みの「減税」は偽り(木村貴の経済の法則!)

小さな政府で大きな自由を 国債頼みの「減税」は偽り(木村貴の経済の法則!)

【QUICK解説委員長 木村貴】「朝三暮四」(ちょうさんぼし)という言葉がある。デジタル大辞泉によれば、「目先の違いに気をとられて、実際は同じであるのに気がつかないこと。また、うまい言葉や方法で人をだますこと」を意味する。

中国の古典『列子』などにある故事に基づく。猿回しが、飼っている猿にトチの実を与えるのに、朝に3つ、暮れに4つやると言うと猿が少ないと怒ったため、朝に4つ、暮れに3つやると言うと、たいそう喜んだという。

もらえる数はどちらも計7つで変わらないのに、怒ったり喜んだりする猿はなんと愚かなことかと、人は笑うだろう。けれども、猿を笑う資格はあまりない。人も同じような間違いをよくするからだ。たとえば、インフレについてである。

日本は立派なインフレ

京都の清水寺で発表された「今年の漢字」は「金」だったが、むしろ「高」のほうがよかったかもしれない。「物価高」の「高」だ。

2024年は値上がりラッシュの1年だった。日本経済新聞の記事によれば、コメや食料品、各種サービスなどの値上がりで家計負担は年9万円増えたという。「何もかも値上がりして、1回の買い物の会計は数年前の5割増しになる」という40代女性の嘆きは他人事ではない。

ところが、これだけ物価高が問題になっているにもかかわらず、その原因をきちんと理解している人は少ない。それはこれまでこの連載コラムで指摘してきたように、お金の量を増やしたことにある。

学校の教科書には、インフレの種類として「ディマンドプル・インフレ」や「コストプッシュ・インフレ」などが紹介されているが、かえってインフレの本質に対する理解を惑わせる。インフレについて知っておくべきことはただ1つ、それがお金の量の増加によって起きるという事実だ。

日銀は今年3月、17年ぶりに利上げをし、「異次元緩和」を終了したものの、金融緩和そのものは続けている。だからお金の量は依然として増え続け、残高は過去最高水準だ。

以前はお金の量の増加が物価高につながらず、デフレ脱却を目指す日銀を悩ませたものだが、今では様変わりとなった。全国消費者物価は、価格変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が先月まで39カ月連続で上昇している。ソーシャルメディアなどで、何を勘違いしてか、いまだに「日本はデフレ」と主張する人を見かけるけれども、デフレとは物価の持続的な下落を指すのだから、日本はもうデフレではない。立派なインフレだ。

赤字穴埋めで増えるマネー

インフレをもたらすお金の量の増加を、日銀はなぜ続けているのだろうか。1つには、それが正しいかどうかは別として、デフレに逆戻りすることを防ぐという金融政策上の理由がある。だがより重要なのは、日銀が公式には決して認めない、もう1つの理由だ。すなわち、財政赤字の穴埋め(財政ファイナンス)である。

政府が27日閣議決定した2025年度予算案は、一般会計総額が過去最大の115兆円になった。税収は過去最高を更新するものの78兆円にとどまり、膨らむ歳出を賄いきれない。このため29兆円の国債を新たに発行する。税収増のおかげで国債への依存度は低下するものの、歳入の4分の1を占める。

国債の多くはいったん市中に売却された後、日銀がすぐに買い取る。今年7月、買い入れ額をそれまでの月6兆円程度から2026年1〜3月に半減させる方針を決めたとはいえ、買い手としての役割はまだ大きい。長期金利が急上昇する場合には「機動的に、買い入れ額の増額を実施する」ともしている。

日銀は新たに発行したお金で国債を買い取るから、お金の量が増える。これは物価高の原因になる。政府が日銀と事実上連携し、税収不足を穴埋めするために行う、別の形の課税(インフレ税)である。

手取りが増えても…

中央銀行が財政赤字の穴埋めなどでお金を増やせば、物価高を招く。この単純な事実を認識している有権者は少ない。そうでなければ、当初から国債頼みで、さらなる物価高をもたらすことが確実な予算案に対して、怒りの声が上がるはずだ。しかし、そんな気配はない。むしろ聞こえてくるのは、これまでの国債発行で物価高を招いた張本人である政府に対して、給付金や支援金といった「物価対策」を求める声だ。お金の量はさらに増えることになる。

政治家も正しい解決策を示そうとしない。秋の衆院選で躍進した野党・国民民主党は、公約に掲げた「年収103万円の壁」引き上げによる所得減税を自民・公明政権に求める。減税は正しい。だがその分歳出を減らさなければ、来年度予算案が実際そうなっているように、減収分を国債発行で穴埋めすることになる。国債を買い取る日銀が新たなお金を発行することで、インフレを招く。

国民民主党の主張に沿って控除額を178万円に引き上げた場合、国と地方で7兆〜8兆円の減収が見込まれている。この減収を埋め合わせる具体的な財源を、国民民主党は明確にしていない。財源確保は「政府・与党の責任」だと強気の姿勢だ。かりにその言い分を認めたとしても、政府に財源として国債発行とインフレ税を許すのでは、減税の財源に増税を充てるという、おかしなことになる。減税政策とはいえない。

国民民主党は「手取りを増やす」というキャッチフレーズを繰り返すが、減税で手取りが増えたとしても、インフレによって実質の価値が目減りしてしまっては意味がない。しかし、このからくりに気づく有権者は少ない。失礼な言い方で恐縮だが、トチの実を朝に多くやると言われて喜んだ猿とあまり変わらない。人気取りのためそこにつけこむ政党は、猿回し同様、猿の扱いをよく心得ている。

これは国民民主党のことだけを批判しているわけではない。与党の自民・公明自身、これまでアベノミクスや異次元緩和で安易な国債発行にさんざん頼り、そのツケが今、円安や物価高として目に見える形で国民の背中にのしかかってきているのだ。それを許した国民にも責任はある。

歳出削減が不可欠

念のため断っておくと、一部の人々が誤解しているのとは違い、減税そのものがインフレを招くわけではない。インフレになるのは、減税の財源として新たに国債を発行し、お金の量の増加に結びつくときだけだ。財源を歳出の削減で捻出し、国債に頼らなければ、インフレにはならない。

言い換えれば、減税は歳出削減が伴わなければ、国債発行による財政赤字の穴埋めが必要になり、インフレという別の形の増税を招く。米シンクタンク、ミーゼス研究所が指摘するように、「財政赤字を増やす減税は、結局は納税者に新たな別の負担を強いるだけであり、本当の意味での減税とは言えない」。米共和党は減税を唱える一方で、財政赤字を伴う政府の予算案に賛成している。偽りの減税であり、事実上の増税だ。

日本で真の減税を実現するためには、過去最大の社会保障費をはじめとする政府支出を大胆に削減し、財政の規模を小さくしなければならない。政府を小さくするのだ。それによって納税者は自分の使えるお金が名目でも実質でも増え、大きな自由を手に入れる。それは個人・企業による投資の増加を通じて、たとえば、優れた民間社会保障サービスの発展を促すだろう。

残念ながら今、日本で「小さな政府」を目指す政党はほとんど見当たらない。国民民主党にしろ日本維新の会にしろ、今月、昨年度を上回る約13.9兆円の2024年度補正予算(財源の5割は国債)に賛成したばかりだ。過去最大の25年度予算案の議論にも、うわべのポーズはともあれ、同様の甘い態度で臨むことだろう。納税者の負担が本当に軽くなるとは思えない。

来年は日本経済がこれまでの政策のツケを問われる厳しい年になるかもしれないが、禍を転じて福となすという言葉もある。遠回りなようでも、私たちが経済の仕組みに理解を深めれば、政治家に丸め込まれず、共感者の輪を広げ、小さな政府と大きな自由の実現に向かう希望の年にできるはずだ。

著者名

木村貴(QUICK解説委員長)

日本経済新聞社で記者として主に証券・金融市場を取材した。日経QUICKニュース(NQN)、スイスのチューリヒ支局長、日経会社情報編集長、スタートアップイベント事務局などを経て、QUICK入社。2024年1月から現職。業務のかたわら、投資のプロに注目される「オーストリア学派経済学」を学ぶ。著書に「反資本主義が日本を滅ぼす」「教養としての近代経済史」ほか。


ニュース

ニュースがありません。

銘柄名・銘柄コード・キーワードから探す

株式ランキング

コード/銘柄名 株価/前日比率
1
5,272
+8.79%
2
2,510.5
+12.47%
3
6,000
+4.63%
4
21,250
+4.24%
5
7012
川重
8,397
+4.79%
コード/銘柄名 株価/前日比率
1
5240
monoAI
337
+31.12%
2
247
+20.48%
3
886
+20.38%
4
497
+19.18%
5
641
+18.48%
コード/銘柄名 株価/前日比率
1
21
-16%
2
179
-14.35%
3
1,146
-12.04%
4
2,023
-11.46%
5
857
-11.37%
コード/銘柄名 株価/前日比率
1
28,730
+4.3%
2
5,272
+8.79%
3
7012
川重
8,397
+4.79%
4
7011
三菱重
2,749
+1.94%
5
22,085
+3.8%
対象のクリップが削除または非公開になりました
閉じる
エラーが発生しました。お手数ですが、時間をおいて再度クリックをお願いします。
閉じる