「メキシコのクラウディア・シェインバウム大統領と協議した結果、メキシコがUSMCA（米国・メキシコ・カナダ協定）の対象となる全ての物品について関税を支払う必要がないことに同意した。この契約は4月2日までだ」

6日午前11時29分（米国東部標準時）、ドナルド・トランプ米大統領はSNS「トゥルース・ソーシャル」で、合成麻薬「フェンタニル」の不正輸入に関連してメキシコに課した25％の関税の一部について、4月2日まで先送りすると発表した。

このトランプ大統領の投稿では、延期の対象はメキシコに限られていたのである。

ただしハワード・ラトニック米商務長官は、午前9時（同）から米CNBCが放送する「スクワーク・オン・ザ・ストリート」に出演、「私の想定では、今日、大統領はUSMCA準拠の製品に関して、4月2日までの1カ月間、関税を課さないことで合意するだろう」と語り、カナダも対象であることを示唆していた。

結局、USMCAに準拠する限り、メキシコだけでなくカナダからの輸入品も課税は4月2日まで延期となっている。現時点におけるフェンタニル関連による関税は、中国の20％のみだ。

3月4日に国際緊急経済権限法（IEEPA）に基づき大統領令でメキシコ、カナダへ25％の関税を発動した後、翌5日に自動車を除外、さらに6日にはほぼ全てが延期されたわけで、率直に言ってあまり見たことのない混乱といえるだろう。

本来、民主主義国の税制は議会が議論を重ねた上で議決することが原則だ。しかしながらトランプ政権下の米国は、今のところ関税に限られるとはいえ、大統領が密室で重要な税を決めているため、良く言えば柔軟だが、悪く言えば朝令暮改が避けらない。

通商政策を所管する商務長官が、「私の予想では」と大統領の重要な判断の可能性に言及するのも情けない話であり、マーケットの混乱を一段と深刻化させる可能性がある。トランプ政権の場合、大統領の逆鱗に触れれば仕事が難しくなるため、断定的な表現を避け、閣僚といえども発言に慎重にならざるを得ないのだろう。

対メキシコ、カナダ、中国への関税に関しトランプ大統領にとってショッキングだったのは、マーケットの反応ではないか。関税が米国にインフレをもたらし、景気を冷やすリスクを意識して、株価は大きく動揺した。

ホワイトハウスの政策のブレを嫌気してか、課税を延期しても、6日の米国市場で株価は大きく下落、ダウ工業株30種平均、S&P500種株価指数、ナスダック総合株価指数いずれも大統領就任式が行われた1月20日前後の水準を下回っている。

関税を武器にしたトランプ大統領の外交政策は、市場の警鐘により早くも行き詰まりつつあるのではないか。同大統領が柔軟性を発揮し、政権の政策を抜本的に見直さなければ、マーケットの状況は想像以上に厳しいものになると想定される。

ピクテ・ジャパン　シニア・フェロー（中京大学客員教授）　市川 眞一

クレディ・スイス証券でチーフ・ストラテジストとして活躍するかたわら、小泉内閣で構造改革特区初代評価委員、原子力国際戦略検討小委員会委員、民主党政権で事業仕分け評価者、内閣府規制・制度改革委員などを歴任。政治、政策、外交からみたマーケット分析に定評がある。2019年9月、ピクテ・ジャパン（旧ピクテ投信投資顧問）に移籍するとともに、情報提供会社のストラテジック・アソシエイツ・ジャパンを立ち上げ。中京大学客員教授も務める。