アナリストは自分の担当セクターのみに安住していてはならない。アクティブファンドが勝てないとされる今こそ、アナリストの存在価値が試されている――。日本ベル投資研究所の鈴木行生・代表取締役主席アナリストは野村総合研究所の出身。野村ホールディングス取締役や日本証券アナリスト協会会長などを歴任し、自ら設立した調査会社で今も現役アナリストとして企業調査に関わり続ける。「セルサイドのアナリストの充実こそが、企業と投資家の間の対話に不可欠だ」との信念を持つ。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN)=張間正義、井口耕佑】
鈴木行生(すずき・ゆきお)氏
1975年に野村総合研究所入社。自動車や重工メーカーなどのアナリストを務める。97年野村証券取締役金融研究所長、05年野村ホールディングス取締役。07年日本証券アナリスト協会会長。10年に日本ベル投資研究所を設立。同社のアナリストとして中・小型株の分析を行う傍ら、複数の企業の社外取締役を務める
■社長と同じ目線で企業を見る
私のアナリストとしてのキャリアは75年に野村総研に入社してから、自動車部品メーカーやエレキ関連の企業担当として始まった。といっても、デンソーなどの大きなメーカーは自動車業界担当のベテランが担当しており、駆け出しだった私は小型のメーカーが主な相手だった。
生まれて初めて書いたアナリストリポートは、今でもはっきりと記憶に残っている。自動車のヘッドライトなどの部品を作る国内の照明メーカー3社の、業績や経営体質を比較したものだった。ここまではっきり覚えているのは、このリポートを3社それぞれの役員会で発表したからだ。自分が書くリポートは、他でもない企業の社長に読まれる。緊張感とともに、自分の意見を重んじてくれていることに身の引き締まる思いもあった。
このことから学んだのは、アナリストは社長と同じ目線で企業をみなければならないということだ。自分と対等の人間が書いたものでなければ、彼らも信頼してくれないだろう。
■インデックス化の流れの中でこそ存在意義
アナリストの仕事は、その名の通り「アナライズ(分析)」することだ。この分析とは、複数の同業を比べる「比較」と、将来の財務状況や業績を見通す「予想」とに分類される。当事者から一歩離れたところから比較、予想ができるのはセルサイドのセクターアナリストだけだ。
今はアクティブファンドが勝てない時代、インデックス投資がもてはやされる時代になってきている。アナリストもバイサイドの引き合いが強まっているが、だからといってセルサイドのアナリストの必要性がなくなったわけではない。
バイサイドアナリストは自分のポジションを持っている以上、ファンドマネジャーに近い存在だ。自分の保有銘柄で自己完結してしまいがちで、本当に投資家・経営者に有益な分析ができない恐れがある。多くの企業を客観的に比較できるセルサイドアナリストの存在意義は、今でも高まっていると考える。
■目標株価と利益予想に終始しない
今のアナリストは、リポート内で企業の目標株価を100円上げるか下げるかに全神経を使っているように見える。私が若い頃はみんな経常利益を当てるのに必死だった。これらには一定の意味はあるが、アナリストの本質は企業価値を見極めることにあるということを忘れてはいけない。
今は短いスパンで内容の軽いリポートを書くことが重視されているようだ。それはそういったリポートの方が読まれ、結果的にその証券会社にアナリスト料が入ってくるからだが、これではアナリストは深みのある分析ができない。
証券会社がリポートの仕組みを改められれば一番良いが、アナリスト一人ひとりにもできることはある。それは「ちゃんと書いたら皆が読む」というのを意識することだ。今は日々、大量のリポートが発行されているから、リポート一枚一枚の価値が下がって読まれなくなってしまう。1つのリポートに時間をかけ、深みのある内容を加えることができれば、そのリポートは業界で必読のものになるだろう。
■セクター「領空侵犯」のすすめ
例えば楽天は、電子商取引に始まり金融を手がけ、今や通信にも乗り出そうとしている。ソフトバンクも投資会社の枠に収まらず人工知能(AI)を次代の成長の軸に位置づけている。今や1つの企業が1つのセグメント内のみで事業を展開する例はまれだ。
翻って、アナリストの世界ではまだまだ自分の領域からは出ないしきたりが横行しているように感じる。私が若い頃も他業種について調べるのは「領空侵犯」としてご法度だった。ただ、1つのセクターのみに特化し、他業界のことを何も知らないアナリストの意見は、これからの市場では重用されなくなるだろう。
異なる業種の間で企業を比べる、ある種ファンドマネジャーのような目が求められる。といっても1人で3~4業界をカバーするのは至難の業。今後はチームを組んで企業調査を行うのも手かもしれない。いわばアナリストも「インデックス化」の時代だ。異なる業界のアナリスト同士が協調し、業界全体の底上げを図るべきだと考える。
(随時掲載)