日経QUICKニュース(NQN)=編集委員 今晶
場数を踏んだ人でなければ融資の本質は分からない。銀行業界などでそう語り継がれてきた貸出業務にも、人工知能(AI)の波は及んでいる。例えば、クラウド会計ソフトのマネーフォワードの子会社、マネーフォワードファイン(東京・港)は、会計データなどとAI予測を絡めたオンライン融資審査モデルの検討・開発を進めてきた。
- 家田明(いえだ・あきら)氏 1988年、東京大学大学院理学系研究科修士課程を修了し日本銀行に入行。考査局と京都支店、営業局、金融研究所、金融機構局などを経て2011~13年に鹿児島支店長を務めた。16年に金融機構局金融高度化センター長に就任。18年9月にマネーフォワードに移り、現在に至る
現在、マネーフォワードファインの社長を務めるのは元日銀金融機構局金融高度化センター長の家田明氏だ。日銀マンとして、在任中は金融技術やリスク管理手法の高度化を経験し、金融機関の取り組みを支援してきた。家田氏にAIオンライン融資の将来性や金融市場への応用の可能性について聞いた。
「教師データ」増加でモデルの精度向上
――AIオンライン融資審査モデルの仕組みを教えてください。
「マネーフォワードの会計ソフトである『マネーフォワード クラウド会計』で蓄積した審査先企業の財務諸表や入出金情報などのデータをAIを組み込んだモデルなどで分析し、融資が可能かどうか審査して結果を返す。いまはまだ開発段階だが、融資実績を積むことでモデルの開発に活用する『教師データ』も増加し、モデルの精度を高められる」
「オンライン融資サービス『マネーフォワード ビズアクセル』(ビズアクセル)での審査業務にこのモデルを利用する。中小企業や個人事業主など、金融機関の旧来型の審査では融資が難しい事業者を融資先として想定している。オンライン融資なので審査期間は短縮が可能だ。(設立して間がなく、将来が未知数な)スタートアップ企業などの資金調達のハードルを下げられる」
「審査対象企業のウェブサイトや、経営者が発信している(ツイッターなどの)SNSの情報、企業の評判なども集めて審査に生かす。財務諸表などからは読み取れない企業の『質』についての定性的な評価が得られるメリットがあると自負している」
「オンライン融資審査モデルを構築するにあたっては『マクロ計量経済学』や『計量ファイナンス』の専門家である渡部敏明一橋大教授に統計手法の指導を受けている。ビズアクセルや融資審査モデルは全て自社開発だ」
それでも人の目は最後まで残る
――最終的にはモデルが全て判断を下すようになりますか。
「いや、モデルの目と人の目の『ハイブリッド審査』を目指す。どちらの目も間違うことはあるが、2つを掛け合わせて間違った判断をする比率を下げられると考えている」
「現在は主に(モデルの審査結果を参考にしながら)金融機関での融資業務の経験を有する人が融資の可否判断をしているが、徐々にモデル判断比率を高める予定だ。ただ最後まで人の目は残す。モデルでも検知できない何らかの要素が生じ得るからだ」
――AIによる信用評価を受けた融資から生まれた貸出債権を証券化するときはどうなるでしょう。金融商品としての安全性が高まるなどの効果は出ますか。
「一般論だが、そのような効果はあると思う。金融市場の過去の歴史を見れば、リーマン・ショックの原因となったサブプライムローン問題のように、誤った信用評価に基づいた融資がもたらした危機が存在する。AIは過去のデータに基づいて判断をするので、不適切な融資とその結果である金融危機のデータを使えば評価の精度は高まるはずだ。その貸出債権を証券化しても安全性が高まった金融商品になると推測できるだろう。結果としてさらなる金融危機を防ぐ効果が出てくるのではないか」
「逆に、AIは現時点では新しい問題への対応力が弱い。人間の想像力やリスクへの感度がどうしても必要だ。サブプライムローンの問題が表面化する以前にも、住宅ローン市場の異変を察知していた人はいた。ただ、リーマン・ショックを題材にした2015年公開の映画『マネー・ショート』で描かれた通り、そうした能力をもつ人は少数派なのだが」
金融市場のビッグデータ解析で強みを発揮
――融資審査にとどまらず、マーケットの現場でAIを活用するのに有望な分野にはどのようなものがありますか。
「AI活用の方法は色々ありそうだ。プライシング(値付け)やリスク計量、マーケット分析などに適していると思う。AIとテキストデータを活用した数量分析の分野では将来性が高い」
「例えば1つの情報が流れたときに、マーケットがどういう方向に動いていくのか。データの種類と、価格変動のパターンをAIに学習させると、政府要人の発言でマーケットがどう動くかといった傾向が分かる。ビッグデータを分析するツールとしてのAIのパワーはとても大きい。巨大なデータだと人の目で処理しトレンド(基調)を導き出すのは難しく、AIに頼るのが基本だ」
――金融市場における数理分析の重要性が高まっています。
「自分は大学院時代、物性物理学が専門だった。だが、研究で培った数理分析などの強みが活かせると考え日銀に入った。実際、日銀時代は社債のプライシングやリスク計量の研究などに生きた。今は民間銀行でも数学に強みを持つ多くの人材が活躍している。メガバンクでも、大学院で数学などを専攻していた経歴を持つ役員が増えている」
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