一般的に特許出願の多い会社ほど技術・開発力に優れているが、特許出願の件数が多くても業績の悪い企業は存在する。件数だけでなく特許そのものの価値も加味して企業価値を評価する必要がある。特許に関して企業が内部で抱える詳細なデータを入手できない場合、特許庁が公開している特許情報を元に特許の価値を評価する研究がなされてきた。
特許の価値を調べる手法の中で優れているのは神戸大学とカネカが共同で開発した「KKスコア」だ。KKスコアのランキングでは、特許出願件数ランキングとは違った顔ぶれが上位にランクインした。
KKスコアによる知財ランキング
正林国際特許商標事務所 証券アナリスト=三浦毅司
特許が重要な10業種でのKKスコアトップ企業
第1章 特許価値の評価
1. 「排他力」と「ライセンス収入」
企業の価値を評価するには、特許の件数だけでなく、特許そのものの価値も加味する必要がある。特許の価値は特許の活用による事業活動の収益化にある。収入面は大きく分けて、他者に参入を許さず、独占的な収入をもたらす価値である「排他力」と「ライセンス収入」の2つと考えることができる。排他力を評価する場合はその特許が有効性を持つ期間(基本的に出願から20年で失効)を考慮することも必要だ。独占的な権利が無効審判などで消滅したり、技術革新で価値が大幅に減少したりする可能性があるためだ。
支出面では、出願と維持にかかるコストやライセンス料支払いなどは把握が比較的簡単である。間接経費である企業の知財部門の人件費なども、一定のルールに従って算定が可能である。
■収入と支出の両面で評価
出所:正林国際特許商標事務所
詳細なデータが準備できる場合の特許価値の評価手法はほぼ確立している。①排他力と支出により収益を算定して現在価値に割り戻す「インカム・アプローチ」、②ライセンス収入を現在価値に割り戻す「ロイヤルティ・アプローチ」、③取引事例を参考に算定する「マーケット・アプローチ」のいずれか、あるいは複数を用いる。
■出願人の本気度やライバルの関心度合いにも注目
出所:正林国際特許商標事務所
公開情報から特許の価値を推定する元データとしては、特許庁が公表している特許情報が従来から使われてきた。
特許庁は、出願人から提出される書類の内容(書誌情報)や出願から登録にいたる過程で外部から起こされたアクションに関する情報(経過情報)を公開している。書誌情報からは、出願人が特許の権利化のためにどれだけ多くのコストや手間を許容したか(=出願人の「本気度」)が分かる。一方、経過情報からは、出願された特許に対する第三者の関心の高さや嫌悪度を推し量ることが出来る。
2. KKスコアによる評価
神戸大学とカネカが共同で開発した「KKスコア」は、公開情報から特許の重要性を判定する指標として優れている。パナソニックが提供する特許調査支援サービス「PatentSQUARE」などで入手することができる。計算式が特許出願書類(特許第6277789号)に開示されているため、算出にブラックボックスが無く透明性が高い。また、あくまで特許どうしの相対評価に徹している。公開情報の分析には限界があるため、相対的な順位に的を絞り精度を高めることは理にかなっている。
KKスコアは特許情報を3つの因子に分けて評価している。
(A)牽制度~第三者にとって邪魔な特許は、権利化を阻害する様々なアクションが取られる。重大なアクションが取られたほど重要と認識する
(B)注目度~出願人や特許庁の審査官は、出願や判断に際して先行する重要な特許を引用する。引用された回数が多いほど重要と認識する
(C)出願時期待度~出願人は期待が大きい特許に手間やコストをかける傾向がある。この手間やコストが大きいほど重要と認識する
対象の特許群を、特許登録後の第三者による特許異議申し立ての有無、特許出願書類のページ数などといった15項目について評価し、点数を付与する。因子分析により統計学的に、項目ごとに3因子(牽制度、注目度、出願時期待度)の貢献度を算出し、その因子の合計値をKKスコアとしている。
この作業により特許の重要性が数値化され、相対評価が可能となる。KKスコアは特許ごとに算定されるが、企業価値評価ではこのKKスコアを企業ごとに合算し、比較することができる。
第2章 KKスコアランキングと特許出願件数との比較
JPX日経200、ジャスダック、東証マザーズの1190社のうち、特許が重要となる10業種について、KKスコアによるランキングと特許出願件数によるランキングを比較したのが下の表だ。これによると実に7業種でトップが異なり、トップ3の銘柄も入れ替わっている。特許の重要性と出願件数とではランキングが異なることが分かる。
化学、輸送用機械、金属製品、その他製品、建設業、医薬品の6業種は、KKスコアと出願件数のランキングでトップ3のうち2社が同じであり、特許の重要性と出願件数との相関が高い。一方、機械、電気機器、精密機器、情報・通信の場合はKKスコアと出願件数のランキングに違いが多く、出願件数だけでは技術力を評価できない業種であると言える。
出所:正林国際特許商標事務所
第3章 注目の太陽HD・メドレックス
1.太陽ホールディングス(4626) プリント基板用絶縁膜で世界シェア首位
化学業種のKKスコアランキングでトップとなった太陽ホールディングスは、プリント基板に使われる絶縁膜「ソルダーレジスト(SR)」の世界的トップメーカー。特許は主にSRに関するものであるが、重要な特許を数多く保有している。競合相手からの抵抗(牽制度)、特許庁や第三者からの引用(注目度)、自社のコスト負担(出願時期待度)のバランスが取れている。今後も技術優位性を維持することが可能とみられる。
■太陽HDのKKスコアの因子別貢献度
出所:正林国際特許商標事務所
技術優位性をベースに良好なマージンを確保している。世界的な電子情報産業の需要変動の影響を受けることはあるだろうが、相対的に優良な収益性は維持できるだろう。
■高収益を維持
出所:太陽ホールディングス
(2)メドレックス(4586) 微小の注射針で高評価
メドレックスは、経皮吸収型製剤技術が強みの創薬ベンチャー企業。KKスコア算定対象となった特許は12件と少ないものの、いくつかの特許の評価が高く、医薬業種の中でトップとなった。特に評価が高いのが、微小針を確実に皮膚内に挿入する方法とそのための補助器具に関する特許だ。因子別貢献度でみても、競合相手からの抵抗である牽制度の比率が大きい。
■メドレックスのKKスコアの因子別貢献度
出所:正林国際特許商標事務所
メドレックスは、薬の開発ではなくその薬を皮膚から吸収させる薬剤(経皮製剤)を開発している。薬剤の効果を高めるために、微小針を使って確実に体内に投与する医療デバイスを開発し、特許を出願して登録された。この手法は患者にとって無痛で、かつ常温輸送と保管、患者の自己投与が可能であり、注射と比べても高い免疫効果が期待できるという画期的な医療デバイスである。外国出願も行っており、主要国での権利主張が可能だ。特許出願は2010年で、存続期間を十分に残している。これらの特許群を活かした将来の収益化の可能性は高いと判断できる。
(2019年3月20日)
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