日経QUICKニュース(NQN)=藤田心
通常は4月のはずの米財務省による今年上半期の「為替報告書」の公表が遅れている。2019年の下半期に続いてのずれ込みだ。米国は報告書を通じて中国への強硬姿勢を示すとの見方がある一方、中国は人民元安誘導に傾きつつある。緊張が高まる米中対立の火に、為替問題が油を注ぎかねない。
■「米為替報告書は、市場参加者の盲点になっているのではないか」
「公表が遅れる米為替報告書は、市場参加者の盲点になっているのではないか」。シティグループ証券の高島修氏は気をもむ。米国は例年、4月と10月に報告書を公表している。だが、5月末の現時点になっても沈黙したままだ。
前回も大幅に遅れ、公表したのは年明け1月となった。当時は中国に対する「為替操作国」の指定を解除した。それに先立つ19年12月に米中貿易摩擦はいったん水入りとなっており、市場参加者は為替政策を巡っても「休戦」に入ったと受け止めた。
報告書は対米貿易収支、経常収支、一方的な為替介入の3点から評価する。このうち2つが当てはまれば動向を注視する「監視リスト」入り、3つとも当てはまれば「為替操作国」認定の検討対象になるとされている。
ロイター通信は先月、米報告書の遅れについて「新型コロナウイルスの感染拡大が原因」との台湾中銀の関係筋の話を伝えている。とはいえ、米中は再びさや当てを繰り返している。シティの高島氏は「今回、中国を操作国認定するかどうかは分からないが、報告書で(中国に対する)タカ派的なトーンを出す可能性はある」と身構える。
■「投資家は冷静に受け止めている印象だ」
中国当局には強気な姿勢もうかがえる。中国人民銀行(中央銀行)は26日、人民元売買の基準値を対ドルで1ドル=7.1293元に設定した。前日の基準値に比べ0.0084元の元安・ドル高で、連日で2008年2月以来12年3カ月ぶりの安値での設定となった。
管理変動相場制の人民元は、基準値設定などを通じた中国当局のグリップが効く。実態より元安の基準値設定は「米国の批判は気にしない」という当局の意思を示している可能性がある。
今のところ、米国側から元安についての目立った反応はみられない。三井住友DSアセットマネジメントの石山仁氏は「中国が経済立て直しへ財政出動を拡大することを踏まえれば元安も理解できる。投資家は冷静に受け止めている印象だ」と話す。
外為市場での他通貨への波及も限られている。26日の東京市場で円相場は1ドル=107円台後半で小幅な動きに終始している。株高が「低リスク通貨」とされる円の売りを促す半面、米中対立への懸念が下値を支えている構図だ。
だが、新型コロナの感染源や香港の統制強化を巡って、米中は対立を深めている。昨年は貿易摩擦のなかで為替がやり玉に挙がったこともあって「元安が新たな対立軸になりかねない」(りそな銀行の井口慶一氏)との懸念は少なくない。
11月に米大統領選を控えるトランプ氏が「中国たたき」の材料とみて為替問題に焦点を当てるリスクは拭えない。「中長期的には米中摩擦による円高・ドル安を警戒している」(あおぞら銀行の諸我晃氏)との声があった。
<関連記事>
■エヌビディア、コロナ禍すら追い風 データセンター向け過去最高