商品市場で原油先物相場の上値が重くなっている。ニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)で原油先物相場の指標となるWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)は1バレル40ドル台前半での推移が続く。世界的に人の移動が制限され、持ち直しの勢いも鈍っている。新型コロナウイルスのまん延で落ち込んだ経済活動の正常化が進まないかぎり、1バレル45ドル台を上回って推移するのは難しくなっている。
■「1バレル44~45ドルを上回るのは難しい」
「前週は6週連続で世界の人の移動や活動を示すデータの戻りの勢いが失速した」。JPモルガンのコモディティ・リサーチのチームは8月5日付リポートでこう指摘した。ガソリン需要が盛り上がりやすい米国の夏のドライブシーズンに人の移動や活動の持ち直しが停滞しており、原油需要の先行き懸念を一段と強める要因になっているという。
人の移動や活動が手控えられているのは、新型コロナの感染を警戒してのことだ。米国では9日に全米の累計感染者数が500万人を超えた。バンク・オブ・アメリカは1人の感染者に起因した新たな感染者数を示す「実効再生産数」を1以下におさえるには「世界的な人の移動や活動を足元の水準からさらに15~25%減らす必要がある」と試算する。
移動の制限は新型コロナのまん延直後のように世界的な原油需要を落ち込ませ、「20年後半の原油需要は過去の傾向を下回って推移する」(バンカメ)との見通しにつながる。石油輸出国機構(OPEC)加盟国や米国のシェール企業などは供給量を減らしているものの、需要懸念が上回り「WTIが1バレル44~45ドルを上回るのは難しい」(TD証券)との見方は多い。
■米中貿易協議『第1段階』の行方
米中の緊張関係も需要に影を落とす。中国税関総署が7日発表した貿易統計によると、2020年1~7月の中国の対米輸入は前年同期比3.5%減となり「中国が米中貿易協議の『第1段階』の合意を満たそうとしている証拠はほとんどない」(TD証券)と受け止められた。米中の貿易協議の「第1段階」には中国による米国産エネルギーの大量購入が盛り込まれていたが、香港問題やハイテクなど幅広い分野で米中の対立が深まる中、協議の履行には不透明感が一段と高まっている。
10日のNYMEXではWTIの期近物が1バレル41.94ドルで終えた。失業給付の上乗せなどを盛り込んだ大統領令の発動に加え、原油消費量が多い中国の需要が持ち直しているとの思惑も広がった。4月の安値からは上昇したものの、昨年末に比べると依然として3割ほど安い水準だ。各国政府の財政支出や中央銀行の緩和的な金融政策のおかげで金融市場のリスクを取る姿勢は持ち直しつつある。ただ、実体経済の不透明感が払拭できない中では、原油相場の大幅な上昇は難しそうだ。(NQNニューヨーク 岩本貴子)
<金融用語>
WTIとは
West Texas Intermediateの略称。米国の代表的な原油。テキサス州西部を中心とした地域で産出され、硫黄分が少なくガソリンを多く抽出できる高品質な原油を指す。 ニューヨークマーカンタイル取引所において、その先物取引が行われており、原油価格の代表的な指標となっている。この先物取引を指すこともある。