8月19日の米国債市場で長期金利の指標である10年物国債利回りは前日比0.01%高い(価格は安い)0.68%と4営業日ぶりに上昇した。同日公表の7月の米連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨から、米連邦準備理事会(FRB)の姿勢が「想定ほど(金融緩和に前向きな)『ハト派』ではない」との受け止めが広がり、債券売りが優勢になった。
■債券の失望売り
午後に議事要旨が公表されると長期金利は小幅ながら上昇した。早ければ9月の次回FOMCで導入を決めるとみられていた新たな「フォワード・ガイダンス(政策指針)」の内容や導入時期の議論はあいまいさが残った。国債利回りを一定の水準に制限する「イールドカーブ・コントロール(YCC)」を巡っては、多くの参加者が「現状では穏やかな恩恵しか見込めないようだ」と慎重だったのも明らかになった。
市場の一部が期待したFRBが購入する国債の年限長期化の議論も限られた。FRBは新型コロナウイルスによる米景気への悪影響に懸念を示し、緩和的な政策により景気を支える姿勢を引き続き示した。だが「一段の金融緩和に前向きというような期待したほど『超ハト派』でなかったのが、債券の失望売りを誘った」(BMOキャピタル・マーケッツのイアン・リンジェン氏)という。
■インフレ復活か
一方、期待インフレ率はほぼ一本調子で上昇してきた。債券市場が織り込む期待インフレ率を示す、米長期金利から物価連動国債の利回りを差し引いた「ブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)」は19日に一時1.71%前後と1月下旬以来の高水準を付けた。世界各地でコロナの感染が拡大した3月半ばに一時0.5%を割り込んだが、それ以降は戻りが鮮明だ。
モルガン・スタンレーは17日付のリポートで「インフレ復活説の説得力が増してきた」と強調した。同社は5月上旬にインフレ復活を唱え始めたが、コロナによる物価押し下げが長引くと信じる多くの投資家から懐疑的な反応を受けたという。
モルガン・スタンレーはコロナによる景気の落ち込みは比較的短い期間で終わる可能性が高いが、FRBは金融緩和を長く続け、米政府も追加の経済支援に動くと予想。これまでの危機時よりも積極的な政策対応が先行きのインフレにつながるとみるわけだ。この状況は5月以降変わらず、インフレ復活への自信を一段と深めたというわけだ。
■微妙なバランス
最近の米10年債利回りは0.5~0.7%程度の範囲で安定して推移してきたが、本来、長期金利は期待インフレを映しやすいとされる。金利の落ち着きはFRBの金融緩和による長期債買いが上昇を抑えると同時に、期待インフレが高まっているという微妙なバランスで成り立っている。
TD証券のオスカー・ムノズ氏は「今回の議事要旨は市場が織り込む緩和寄りの期待に青信号を灯さなかったが、新たなフォワード・ガイダンスの9月公表などの予想は変えていない」と話す。今回の議事要旨が示すように、今後数カ月のFRBの姿勢が投資家の見立てほど緩和に積極的でないと明確になれば、長期金利を安定させてきたバランスが崩れ、思わぬ動きをする可能性がある。(NQNニューヨーク 川内資子)
<金融用語>
フォワードガイダンスとは
中央銀行(金融政策当局)が将来の金融政策の方針を前もって表明すること。 金利がゼロ近辺まで下がり、伝統的な金融政策である政策金利のコントロールでは対処できないほどの金融危機や景気後退に直面した際などに、中央銀行が行う非伝統的金融政策のひとつ。 声明等を通じて政策金利の据え置き期間や政策変更の条件などを明言し、市場参加者の予想や期待に働きかけることで、金融政策効果の浸透を目指す。 1990年代にゼロ金利政策の下、日本銀行が行った「時間軸政策」が先駆けとなり、米連邦準備理事会(FRB)や英イングランド銀行など、各国の中央銀行で採用されている。