トランプ米大統領が9月7日、経済面での「中国離れ」に言及し、米中対立が激化することへの警戒が8日の金利低下につながった。新型コロナウイルスワクチンの早期完成を目指した「オクトーバー・サプライズ」も、製薬業界から拙速な承認にくぎを刺され、内政面も投資家心理を悪化させた。
■米中対立
8日のニューヨーク債券市場では米長期金利の指標である10年物国債利回りは3連休前の前週末に比べ0.04%低い(価格は高い)0.68%で終えた。4日は8月の米雇用統計が市場予想を上回り、長期金利は大幅に上昇したが、その流れは続かなかった。長期金利は4月以降、おおむね0.7%台前半が「天井」となっているが、今回も跳ね返された格好だ。
8日の金利低下の要因は主に3つある。1つ目は「米国と中国のデカップリング懸念によるリスクオフ」(エバコアISIのデニス・デバッシャー氏)だ。トランプ氏は7日、中国との「デカップリング(切り離し)」を進めた方が米国が被る損失は少ないとの見解を表明した。一段の関税引き上げや、中国に仕事を発注する企業には連邦政府との取引を禁じる可能性も示唆した。
中国側も習近平(シー・ジンピン)国家主席が8日、新型コロナに関し「利己主義や責任転嫁は自国だけでなく世界に損害をもたらす」と述べた。新型コロナの発生や拡散の責任は中国にあると主張するトランプ米政権を非難した格好だ。
■コロナワクチン
2つ目はオクトーバー・サプライズの可能性の低下だ。米国では大統領選直前の10月に現職大統領が支持率の上昇を狙いサプライズを演出することがある。トランプ氏はかねて大統領選前のコロナワクチンの完成を示唆しており、10月の当局承認と接種開始がサプライズの有力候補として挙がっていた。
ただ、英アストラゼネカと米ファイザーを含む欧米の製薬9社は8日、安全を最優先するとの共同声明を発表。効果が確認されるまでは当局に承認を求めないことも申し合わせた。米当局は臨床試験(治験)終了を待たずに緊急的な接種を認めることを検討していたが、製薬業界が政治的な動きをけん制した格好となり、その可能性は低下した。
■原油価格急落
3つ目は原油価格の急落だ。ニューヨーク市場の原油先物相場が大幅に下げた。WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)の期近10月物は8日、一時、1バレル36ドル台前半を付け、前週末から9%下落した。サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコが需要の弱さを理由にアジアと米国向けの販売価格を市場予想以上に引き下げた。リスク資産である株式と原油の同時下落は、機械的なリスク回避の債券買いを誘った。
国債増発による需給懸念が高まるなかでも、「低金利政策は何年も続く」(パウエル議長)というゼロ金利の長期化により、金利は短期だけではなく長期ゾーンも上昇が抑えられている。米連邦準備理事会(FRB)のスタンスは鮮明で、この状況では長期金利の上昇余地もおのずと限られるとの見方が多い。
8日は米株式相場の下落が続き、「恐怖指数」と呼ばれる米株の変動性指数(VIX)も上昇した。前週末4日は株安だったが、VIXは低下していた。レーバーデーの祝日明けの投資家心理は連休前よりも悪化したと言えそうだ。ちょっとしたリスクオフの材料でも金利に低下圧力がかかりやすい環境は続く可能性が高い。(NQNニューヨーク 張間正義)
<金融用語>
変動性指数(VIX)とは
シカゴ・オプション取引所(CBOE)が、S&P500を対象とするオプション取引のボラティリティを元に算出、公表している指数で英語では「investor fear gauge」、別名Volatility Index(略称:VIX)と呼ばれているもの。 将来の投資家心理を示す数値として利用されており、一般的にVIXの数値が高いほど投資家が相場の先行きに不透明感を持っているとされている。 通常は、10から20の間で推移することが多いが、相場の先行きに大きな不安が生じた時には、この数値が大きく上昇するという傾向がある。