先週末に飛び込んできたトランプ米大統領の新型コロナウイルス感染というニュースに外国為替市場が一喜一憂している。米大統領選まで残り1カ月という時期の感染とあって、米政治の先行きに不透明感が広がる。10月5日は治療入院したトランプ氏の早期退院報道を受け、円売り・ドル買いが優勢だった。民主党候補のバイデン前副大統領の優位性が増したとの見方も多く「バイデントレード」の活発化を見込む声が出ている。
■オクトーバー・サプライズ
「2020年の米大統領選ではトランプ氏の新型コロナ感染が最大の『オクトーバー(10月)・サプライズ』となる可能性が高い」(国内シンクタンクのエコノミスト)。市場ではいま、こんな声が聞かれている。
「オクトーバー・サプライズ」とは、11月の米大統領選前の10月に選挙の行方を左右する予想外の出来事が起こりやすいことを意味する言葉だ。16年の前回の大統領選では、10月末に米連邦捜査局(FBI)が終結を宣言していた民主党候補のヒラリー・クリントン元国務長官の私用メール問題の再捜査を発表し、流れが変わったのは記憶に新しい。
これがクリントン氏の選挙敗北の決定打になったとの見方も根強いだけに、トランプ氏の新型コロナ感染に市場は神経質になっている。一報が伝わった直後の先週末2日に円相場は1ドル=104円95銭近辺まで急伸した。ただ、日本時間5日早朝にトランプ氏の主治医らが5日にも退院する可能性があると説明したなどと伝わると、じわりと円安に振れ、同日の東京市場では105円65銭近辺まで下落した。
■リスクオフの姿勢崩せず
「きょうのところは実需勢に加え、海外ヘッジファンドなど投機筋もドル買い・円売りに傾いている」(国内銀行の為替トレーダー)というが、一段とリスクを選好する動きにはなっていない。トランプ氏の病状に関する情報は米国内で錯綜(さくそう)している。「トランプ氏の新型コロナの重症化リスクが完全には晴れていないうえ、ホワイトハウスでクラスター(集団感染)が発生したとなると、危機管理体制の不備を指摘する声も出やすく、投資家はリスクオフ姿勢を崩せずにいる」(ニッセイ基礎研究所の上野剛志上席エコノミスト)ためだ。
仮にトランプ氏がこのまま快方に向かったとしても、選挙活動が制限されることは必至で、トランプ氏の再選確率は低下したとみる向きも増えている。「バイデン氏優位」との見方が日増しに強まるなか、市場では早くもバイデン氏の勝利で値動きが大きくなりそうな資産を取引する「バイデントレード」が活発になるとの声が浮上している。
■バイデントレード
みずほ銀行の唐鎌大輔チーフマーケット・エコノミストはバイデン氏の勝利で「『人民元買い・メキシコペソ買い・株売り』のように、これまでトランプ氏がつらく当たってきた国の通貨などを買いとするバイデントレードが進む可能性がある」と話す。バイデン氏は対中政策について同盟国と共同で圧力をかける方針を示し、市場は対中強硬姿勢の度合いが和らぐ可能性を意識しているという。実際、人民元は5月末から騰勢を強め、同時期にトランプ氏とバイデン氏の当選確率が逆転した。
北米自由貿易協定(NAFTA)に代わって7月に発効した新たな貿易協定「USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)」は、トランプ政権下でなかば強引に発効にこぎ着けたものの、「バイデン氏が大統領になれば、協定の中身が軟化してメキシコにとってポジティブな内容に変わり、ペソ買いにつながる可能性がある」(唐鎌氏)という。一方、バイデン氏は法人税増税や富裕層課税などを掲げ、株式市場にとって逆風になる政策が多いとして、株価には下落圧力がかかりやすいとみる。
もちろん4年前がそうだったように、米大統領選の結果は蓋を開けてみないと分からない。選挙まで残り1カ月を切り、現職大統領の新型コロナ感染という大きな不透明要因を抱え、外為市場が大統領選をめぐる思惑に振り回される場面はいっそう増えそうだ。〔日経QUICKニュース(NQN)末藤加恵〕
<金融用語>
ヘッジファンドとは
米国で生まれた私的な投資組合(特定・少数の投資家や金融機関などから出資を受ける)の一種で、規制の及ばない租税回避地域に設立する投資会社も多くある。 ジョージ・ソロス氏が率いるクォンタム・ファンド(各国の金利・通貨政策の歪みを狙って大きな資金を動かす「マクロ・ファンド」)が有名で、極めて投機的なファンドと思われがちである。 しかし、「へッジ(リスク回避)」という名前が示す通り、リスクをコントロールする様々なタイプがある。