米国では9月30日以降、長期金利が上昇している。10月6日付の英フィナンシャル・タイムズ(電子版)は、債券市場の動きを「青い波の大統領選になる可能性により、米国のイールドカーブが立ちつつある」と伝えた。青は民主党を象徴する。マーケットは、11月3日の大統領選において民主党のバイデン前副大統領が勝つ可能性に着目しつつあるのだろう。所得再分配を重視するバイデン氏の政策は「大きな政府」だ。英紙が指摘したように、この政策が国債の需給を圧迫するというシナリオに長期金利が反応したのではないか。9月29日の第1回討論会において、トランプ大統領が評価を落としたためだろう。
図表:米国10年国債利回りの推移
期間:2020年9月14日〜10月7日
出所:各種データベースよりピクテ投信投資顧問が作成
トランプ大統領は、米国標準時6日午後2時48分のツイートで、民主党と進めていた追加経済対策の協議を打ち切ると発表した。「大統領選で自らが勝利した直後に刺激策を成立させる」と説明している。この姿勢が株価の下落を招いた。大統領は慌てたのか、7日には一般国民への追加給付や航空会社への支援策など個別の対策を提案する、と改めてツイートした。
討論会失敗で焦り
最新の世論調査の結果に関し、トランプ大統領は”Fake News(嘘のニュース)”とのツイートを繰り返している。しかし、討論会の失敗のダメージが大きいからこそ、焦らずにはいられないのだろう。2泊3日でウォルター・リード軍医療センターを退院し、自らそれをツイートで発表した後も、立て続けに「株式市場は大幅上昇。466ポイント、2万8149ドル。米国にとり素晴らしいニュースである。仕事、仕事、仕事だ!」というつぶやきを連発した。この「仕事、仕事、仕事!」の部分はおそらく「経済活動の再開を進め、雇用を回復させる」意味だろう。自ら退院を発表したツイートには「新型コロナを恐れるな。新型コロナに生活を支配されるな」とあり、今後はより経済にウェートを置く方針を有権者に示したかったとみられる。
こうしたトランプ大統領の姿勢について、米国のメディアは批判的だ。例えば6日付のニューヨークタイムズ(電子版)は「トランプ大統領はコロナを過小評価してホワイトハウスへ戻ったが、医師は彼が危険を脱したわけではないと言っている」と報じた。ワシントンポストも同様に「自らを入院に追い込んだウイルスを過小評価」と伝えている。
最大の援軍はマーケット
今やトランプ大統領にとっての最大の援軍はマーケットになっている。新型コロナ感染が伝えられた9月2日に株価が急落し、退院した5日に上昇したことは、長期金利の動きと共に市場がトランプ大統領の政策を好感するシグナルを発したとも言える。経済を重視する有権者には一定の効果があったのではないか。
もっとも、マーケットは「バイデン大統領」の可能性を真剣に考えざるを得ないだろう。討論会後の市場の動きは、11月3日にバイデン氏が勝利し、株価が下がり金利が上がる(債券価格は下落)という選挙後のシュミレーションだったのかもしれない。
ピクテ投信投資顧問シニア・フェロー 市川 眞一
クレディ・スイス証券でチーフ・ストラテジストとして活躍し、小泉内閣で構造改革特区初代評価委員、民主党政権で事業仕分け評価者などを歴任。政治、政策、外交からみたマーケット分析に定評がある。2019年にピクテ投信投資顧問に移籍し情報提供会社のストラテジック・アソシエイツ・ジャパンを立ち上げ。