サプライチェーン上の強制労働リスクに関する情報を発信する団体KnowTheChainは10月14日、世界の食品・飲料企業60社(北米23社、欧州13社、アジア18社、その他6社)を対象に、各社のサプライチェーンにおける強制労働リスクへの対応状況について調査した結果を発表した。今年6月にはICT(情報通信技術)セクターについて同様の調査結果が報告されたが、食品・飲料セクターにおいても、国際基準で見て日本企業は改善余地が大きいことを浮き彫りにした。
KnowTheChainは、国連ビジネスと人権に関する指導原則に基づき、企業による強制労働の根絶に向けた取り組みを、①サプライヤー行動規範とサプライヤー契約への統合②経営陣とアカウンタビリティ③関係者との連携/ステークホルダーとのエンゲージメント④トレーサビリティとサプライチェーンの透明性⑤リスクアセスメント⑥調達行動⑦斡旋料⑧結社の自由⑨苦情処理メカニズム⑩救済プログラム/申し立てに対する対応――の10の指標で評価(100点満点)した。
■日本企業の強制労働リスク対応評価「最低限の措置しか講じていない」
調査結果によると、評価でトップに立ったのは英国のスーパーマーケットチェーンのTescoでスコアは65点だった。次いで、ユニリーバとネスレがそれぞれ60点、55点で続いた。
日本企業は今回、セブン&アイホールディングス、イオン、サントリーの3社がランキングに含まれたが、すべてグローバル平均(28点)を下回った。最も評価が高かったのはセブン&アイだったが22点という結果にとどまり、イオン(17点)、サントリー(8点)という結果になった。ファミリーマート、明治、ヤクルトも評価対象となったが、規模の面からランキングには含まれていない*1。
上記の10指標に基づく評価の結果、自社のサプライチェーにおける強制労働リスクに対して、企業は次の5段階(①何の措置も講じていない、②最低限の措置しか講じていない、③一部の領域において措置を講じている、④大半の領域において措置を講じている、⑤ほぼすべての領域において措置を講じている)に分類された。
調査対象60社のうち43%は、下から2番目の「最低限の措置」レベルにとどまり、18%の企業は最低レベルの「何の措置も講じていない」に分類された。最も先進的な「ほぼすべての領域において措置を講じている」企業はゼロだった。
日本企業6社はすべて下から2番目の「最低限の措置しか講じていない」のグループに分類された。例えば、リスクアセスメントで特定した強制労働リスクについて情報開示をしているのは、ヤクルトとイオンの2社のみだった。さらに、調達行動、結社の自由、救済プログラムに関する情報を開示している日本企業は1社もなかったという。
一方、日本企業のうち半数超が、サプライヤー行動規範やその規範に対する経営陣の関与と説明責任、サプライチェーン上の人権リスクアセスメントについては情報開示をしており、この点は高く評価できるという。特にリスクアセスメントに関する情報開示については、他国・地域の企業よりも、日本企業の方が積極的であることがわかった。
■食品・飲料サプライチェーンと技能実習生に対する人権侵害
米国労働省の2018年の調査報告によれば、20以上の農産物が強制労働リスクをはらんでいる*2。さらに、新型コロナウイルスの影響で、特に末端レベルのサプライチェーンにおける労働者は脆弱な立場に置かれている。世界各国で、賃金の不払いや雇い止めの脅迫など、労働者の権利侵害が相次いでいる*3。
「強制労働」と聞くと、日本企業には馴染みのない人権の問題と捉える人もいるかもしれない。しかし、最近では、中国・新疆ウイグル自治区の少数民族に対する強制労働が報告されており、日本企業の関与も指摘されている*4。
国内でも強制労働リスクは顕在化している。外国人技能実習生制度をめぐる問題が一例だ。業界を問わず、技能実習生に対する人権侵害が報告されており、国際的にもその人権リスクが指摘され続けている*5。
厚生労働省が10月9日に発表した調査*6では、昨年、実習生などから相談・通報を受け、全国の労働局および労働基準監督署が立ち入り調査を行った9455の事業場において、71.9%の事業場で、労働基準法などの違反が確認されたという。
日本で食品・飲料製造に従事する労働者のうち10%を外国からの技能実習生を含む移民労働者が占めている*7ことから、これは重要な問題だ。2018年に発生した技能実習生に対する労働違反行為のうち、農業・漁業部門が占める割合は32%*8で、食品・飲料の生産現場で一部の実習生が強制労働させられた時間数は225時間/月にのぼる*9。
■日本企業に求められる対応、10月に政府が行動計画公表
日本政府は今月16日、「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」を公表した。各国が策定する国別行動計画(NAP:National Action Plan)は、「ビジネスと人権に関する指導原則」を実行するための優先事項や行動計画をまとめた政策文書であり、各国での策定が促されていた。2013年に英国が初めてNAPを策定し、今月時点で日本を含む計24ヵ国がNAPを策定済みである*10。
日本版NAPは今後、政府各省庁が取り組む各種施策を示している。「人権を尊重する企業の責任を促すための取組」としては、日本企業に対するNAPの周知、人権デュー・デリジェンスに関する啓発、関連する現行法や政策の実施、中小企業への情報提供などが示されたが、既存の施策の実施にとどまる印象だ。「引き続き実施」「着実に実施」という表現も多い。
グローバルでは、ビジネスと人権をめぐる法制化が進んでおり、欧州連合(EU)法としての人権デュー・デリジェンス義務化も議論されている*11。機関投資家による注目も高まりつつある。つまり、強制労働への対応は、レピュテーションリスクの低下だけでなく、グローバルにビジネスを展開する以上、必要な条件になり始めている。NAPに基づく政府の取り組みが、日本企業の強制労働リスク対応の促進に繋がることを期待したい。(QUICK ESG研究所 アナリスト 平井采花)
調査報告書 全文:https://knowthechain.org/wp-content/uploads/2020-KTC-FB-Benchmark-Report.pdf
調査報告書 日本語概要:https://knowthechain.org/wp-content/uploads/2020-KnowTheChain-FB-Japan-Brief.pdf
▽KnowTheChainは人権や平和構築に携わる民間財団のHumanity United、ビジネスと人権リソースセンター、ESG評価会社Sustainalytics、労働分野の国際NGOのVeriteのパートナーシップにより活動している。KnowTheChainベンチマークは、情報通信技術(ICT)部門のほか、食品・飲料部門、アパレル・フットウェア部門で評価を実施している。
*1 評価対象企業60社のうち、規模の大きな43社については、詳細なベンチマーク手法を用いた評価も行われ、ランキングに含まれる。日本企業3社(ファミリーマート、明治、サントリー)はランキングに含まれなかった。
*2 米国労働省 “U.S. Department of Labor’s 2018 List of Goods Produced by Child Labor or Forced Labor” (2018年)
*3 Scroll.in, “One reason why tea garden employees went back to work despite Covid-19 fears – hunger.”(2020年5月1日) 、openDemocracy, “COVID-19 sweeping through US immigrant farmworker and meatpacker ranks.”(2020年4月23日)
*4 QUICK Money World「ウイグル人強制労働問題を考える―中国と人権と投資行動(水口教授のESG通信)」(2020年8月10日)
*5 国連の各条約委員会や、米国務省の人身取引報告書「Trafficking in Persons Report」で継続的に指摘されている。
*6 厚生労働省「技能実習生の実習実施者に対する監督指導、送検等の状況(平成31年・令和元年」 (2020年10月)
*7 日本経済新聞「データで読み解く外国人労働者 魅力薄れる日本の賃金」(2020年7月2日)
*8、9 法務省 「平成30年の『不正行為』について」(2019年10月)
*10 国連人権高等弁務官事務所 “State national action plans on Business and Human Rights” (閲覧日:2020年10月27日)
*11 2020年4月、欧州委員会は環境・人権DDを企業に義務付けるEUレベルの法案を2021年初頭までに提案すると表明した。ECCJ, “Commissioner Reynders announces EU corporate due diligence legislation”(2020年4月30日)