25日の米国市場でWTI先物の原油価格は3月5日以来となる1バレル45ドル台を回復した。しかし、地球温暖化対策を政策の柱に据えるバイデン次期大統領のもと、原油価格に関する見方は交錯している。
OPEC(石油輸出国機構)の統計によれば、2019年までの10年間、原油の生産量を大きく伸ばしたのは世界でみても米国のみだ。OPEC及びOPECプラスはほぼ横ばいで、それ以外はむしろ減少した。米国の場合、2000~2009年の生産量は平均で日量542万バレルだ。そこからシェール革命による増産が始まり、2015年央には957万バレルまで増加している。結果として、世界の需給関係が崩れ、1バレル100ドルを超えていた原油価格は急落し、2016年の年初には30ドルを割り込んだ。シェールオイルは減産を余儀なくされ、米国の産油量は2016年秋に846万バレルへと減少している。
サウジ超え最大の産油国に
この状況で米国大統領に就任したのがドナルド・トランプ氏だ。選挙では米国をエネルギー輸出国にすると公約し、シェール開発へ向けて規制緩和を進めた。トランプ政権の強烈な後押しにより、今年3月に米国の産油量は日量1310万バレルまで拡大、サウジアラビアを凌駕する世界最大の産油国になった。
■米国の原油生産量と原油価格
期間:2020年~2020年11月20日
出所:米国政府エネルギー情報局の統計よりピクテ投信投資顧問が作成
トランプ政権のもとでの日量400万バレルを超える増産は、新型コロナ禍による需要減少もあり、再び世界の需給バランスを壊す結果になった。WTI先物価格が一時的にマイナスになったのは、現物の受け渡し決済を前提としたこの指数特有のテクニカルな要因だとしても、OPECプラスの減産は機能せず、原油価格は一時20ドルを割り込む水準まで急落した。トランプ大統領は石油を「極めて市場性の高い商品」と語ったが、確かにシェールオイルは大幅な減産を余儀なくされた。
バイデン氏の大統領就任による政治的なインパクトが国際原油市況にもたらす影響については、2つの観測がある。1つは、バイデン次期大統領がイランとの核合意へ復帰し、イラン産原油が市場に流入することで、原油価格には再び下げ圧力が強まるとの見方だ。もう1つは、バイデン政権がシェール開発の規制を強化し、米国の長期的な生産減少で原油価格が上昇するとの予測である。
温暖化対策で需要減少も
イランの原油生産量は日量350万バレル程度だ。その一部は今も国際市場に出回っており、また米国が核合意に復帰するにしても、時間を要する話になる。むしろ、米国の産油量が頭打ちになる方が影響は大きい。地球温暖化対策で化石燃料の需要が減少するシナリオがあり得るとは言え、それが明確に数字に表れるのは相当先になるだろう。
こうした2つの見方がせめぎあっているため、当面は原油価格が急激に動くことはなさそうだ。ただし、次に米国経済が本格的な拡大期に入るとき、バイデン政権の米国では原油生産量が減少している可能性が高い。今のところ、世界で米国以外に生産を大きく増やせる供給者は見当たらない。長期的に見た場合、供給力の限界から原油価格が新たな上昇局面に入り、世界的なインフレ圧力になるシナリオも十分にあり得るのではないか。
ピクテ投信投資顧問 シニア・フェロー 市川 眞一
クレディ・スイス証券でチーフ・ストラテジストとして活躍し、小泉内閣で構造改革特区初代評価委員、民主党政権で事業仕分け評価者などを歴任。政治、政策、外交からみたマーケット分析に定評がある。2019年にピクテ投信投資顧問に移籍し情報提供会社のストラテジック・アソシエイツ・ジャパンを立ち上げ