HSBCグループ 香港上海銀行・輸出入部長の矢野孝尚がブロックチェーンを活用した貿易決済についてリポートします。
HSBCは3年あまりの準備と実験を経て、インターネット上の分散台帳である「ブロックチェーン」を利用した貿易決済を商業的に実用化した。貿易の決済では輸入企業の取引銀行が発行する商業信用状(Letter of Credit:LC)が使われる場合がある。HSBCが始めたサービスは、この商業信用状を使った貿易取引が対象だ。輸出企業と輸入企業、そして銀行といった関係者のやり取りを全てペーパーレスにでき、従来は10日から2週間かかっていた手続きにかかる時間を最短で1日に短縮できる。
※ブロックチェーン実証実験の取引フロー
商業信用状は、新規の取引先や新興国の企業など、貿易代金の支払いにリスクがある場合や、原油など取引金額が高額で、安全性が重要な決済に使われる。輸出入企業が貿易に関する融資を求める際に、銀行が信用状決済を条件とすることも多い。一方で、実務においては貿易に関する様々な書類、具体的にはインボイスや船荷証券(BL)などを関係者がやりとりする必要があり、手間と時間がかかる。
利用が広がる3つの理由
時間の短縮と作業の効率化につながるデジタル化が課題となっていたが、今までは一部でしか使われていなかった。HSBCは実用化にあたりブロックチェーン技術を初めて採用した。このサービスは大きく広がっていくと予想する。その主な理由は3つある。
まず、多くの銀行やフィンテック企業が新しいサービスに興味を持ち、スキームへの参加を表明している点だ。HSBCはBNPパリバ、スタンダードチャータード、INGなど計8行と、サービスを提供するフィンテック企業、「コントゥア」を設立した。サービスの利用に関しては、ほかの銀行の参加も募っており、すでに27行が参加を表明し、2020年12月時点で31カ国・地域で利用できる。
ブロックチェーンを使った同様の試みは、世界各地で他のグループも検討を進めており、将来的にはデータ接続により相互乗入れも可能だ。実現すれば、企業は1つのプラットフォームを経由して、ほかのプラットフォームを利用する企業とも取引できるようになり、利便性が高まる。貿易促進を目指して政府が後押ししているシンガポールのようなケースもあり、こうした国では普及しやすいだろう。
第2に、フィンテック企業との連携あるいは競合が、貿易決済のデジタル化を促進していることだ。新会社コントゥアは自ら信用状決済の根幹となるサービスを提供しつつ、関連サービス、例えば船荷証券関連や貿易関連書類の作成などは、他のフィンテック企業と連携し、サービスを任せている。将来は企業の基幹システムとつなげるサービスも出てくるだろう。ユーザーである輸出入企業にとっては、ますます利用しやすくなる。
ライバルはGAFAやBAT
競合相手は、IT大手になりそうだ。GAFAやBATと呼ばれる米中の巨大企業が、電子商取引を拡大しており、消費者向けの市場では大きなシェアを獲得している。次は企業間取引や貿易分野に進出するのではないかとみられている。今まで貿易決済を担ってきた銀行は、こうしたIT企業の動きに触発されそうだ。新サービスでシェアを維持し、自らの事務コストを減らそうとしており、真剣にこの分野のデジタル化を推進するだろう。
最後の要因はほかならぬ企業からの需要だ。日本でも、ある商社がタイ向けの輸出で実際に利用した。海外では石油や鉄鉱石などの商品を取り扱う企業が、取引先を巻き込んで本格的な導入を進めている。これからは海外の取引先からブロックチェーン決済の利用を求められるケースも出てきそうだ。
こうした決済手法の進化は、企業にとって新しいビジネスモデルの創出につながる可能性もある。少量多品種の取引にも対応しやすくなり、例えば商社がブロックチェーン限定で、中小企業の貿易を一括で請負うサービスも展開できるのではないか。
貿易決済のデジタル化は今後、信用状取引だけでなく、様々な取引に広がっていくと予想される。合理化と効率化、あるいは新しいビジネスモデルの観点から、企業にも検討が求められる分野だ。
(本記事は筆者の意見を示すものにすぎず、筆者の所属する組織とは無関係である)