【QUICK解説委員長 木村貴】前回のコラムで、交換とは「自分が相対的に不得意な仕事を、得意な他人に助けてもらう」ことだと書きました。取引と同じ意味です。でも、こう疑問に思った人がいるかもしれません。
「何をやっても得意なスペックの高い人は、助けてもらう必要はないのでは?」
あるいは、こう思ったかもしれません。
「何をやっても不得意なポンコツな人は、誰を助けることもできないのでは?」
何となく、このように感じる人は少なくないでしょう。けれども、そうではありません。能力の高くない人も、人を立派に助けることができますし、たとえ超人ヒーローのようにずば抜けた能力を持つ人でも、人の助けを借りることで、それまで以上の働きをすることができるのです。
\あれから7年💭/
— DC公式 (@dc_jp) March 25, 2023
2016年3月25日『#バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』が日本で公開されました‼
製作クリストファー・ノーラン、監督ザック・スナイダーで、2大スーパーヒーロー、#バットマン と #スーパーマン による夢の競演が描かれたのです🎬#DC pic.twitter.com/Re94dJrG51
どうしてそうなるのか、ヒーローたちに登場してもらい、考えてみましょう。
スーパーマンとバットマン
登場するのは、スーパーマンとバットマンです。スーパーマンは空を自由自在に飛ぶ能力などを生かして、1日に悪者を100人捕まえるか、猫を1000匹助けることができます(悪者1人分の仕事が猫10匹分にあたることを覚えておいてください)。
一方、バットマンは、マントを利用して滑空することくらいはできますが、スーパーマンのようには飛べません。このため、1日に悪者を6人捕まえるか、猫を18匹助けることしかできません(悪者1人分の仕事が猫3匹分にあたることを覚えておいてください)。
2人がそれぞれ、悪者を捕まえるのと猫を助けるのに毎日半々の時間を割くとすると、1日あたりの仕事の成果は、スーパーマンが悪者50人と猫500匹、バットマンが悪者3人と猫9匹になります。合計で悪者53人、猫509匹です。
<取引前>(1日あたり) | ||
悪者を捕まえる | 猫を助ける | |
スーパーマン | 50人 | 500匹 |
バットマン | 3人 | 9匹 |
合 計 | 53人 | 509匹 |
2人はこれ以上、社会の役に立つことはできないのでしょうか。その方法はあります。バットマンの正体である億万長者ブルース・ウェインは昔、地元ニューヨークのゴッサム大学で教わった、「比較優位」の理論を思い出します。ウェインはスーパーマンに連絡し、こう持ちかけました。
「私は悪者逮捕に専念するから、君は1日に悪者を47人だけ捕まえて、猫を530匹助けてもらえないか?」
つまりバットマンは、スーパーマンから悪者逮捕3人分の仕事を引き受けるから、その代わり、猫を30匹よけいに助けてあげてくれ、というわけです。バットマン自身は、猫9匹を助ける仕事をスーパーマンに任せる代わりに、その時間で悪者3人をよけいに捕まえることができます。
以前に比べ、スーパーマンは仕事の比重を猫に、バットマンは悪者に、それぞれ移す分業体制です。スーパーマンはこの取引を受け入れました。その結果、2人の仕事の成果はこうなりました。
<取引後>(1日あたり) | ||
悪者を捕まえる | 猫を助ける | |
スーパーマン | 47人 | 530匹 |
バットマン | 6人 | 0匹 |
合 計 | 53人 | 530匹 |
スーパーマンは1日あたり悪者47人、猫530匹。バットマンは悪者6人、猫0匹。合計で悪者53人、猫530匹です。取引前の悪者53人、猫509匹に比べ、捕まえる悪者の人数を減らすことなく、猫を多く助けることができました。分業と取引の効果です。
凡人でも助けになれる
「でもそれは、スーパーマンの取引相手がバットマンだったからで、ただの一般人は助けにならないよ」と思うかもしれません。ところが、そうではないのです。
それでは、ただの一般人である「平凡マン」に登場してもらいましょう。平凡マンは、本業がサラリーマンで、1日に悪者を1人捕まえるか、猫を2匹助けることしかできません。実際には、猫が好きなこともあり、猫を2匹助ける仕事を選んでいたとしましょう。
<取引前>(1日あたり) | ||
悪者を捕まえる | 猫を助ける | |
スーパーマン | 50人 | 500匹 |
平凡マン | 0人 | 2匹 |
合 計 | 50人 | 502匹 |
スーパーマンは悪者1人分の仕事をあきらめれば、あと10匹の猫を助けることができます。平凡マンが猫2匹の仕事をあきらめ、代わりに悪者1人を捕まえてやれば、2人合わせて捕まえる悪者の数を減らすことなく、より多くの猫を助けることができます。
<取引後>(1日あたり) | ||
悪者を捕まえる | 猫を助ける | |
スーパーマン | 49人 | 510匹 |
平凡マン | 1人 | 0匹 |
合 計 | 50人 | 510匹 |
ここまでの話で、取引によって仕事の効率を高める仕組みがわかってきたかと思います。
どんな超人でも、1つを選択するときに、もう一方をあきらめなければならない状況があります。これをトレードオフといいます。
スーパーマンの場合、1日に悪者50人を捕まえたら、猫は500匹しか助けられません。スーパーマンの能力なら猫は最大1000匹助けることができるのですが、悪者逮捕に時間を割くため、その分の猫はあきらめるしかないのです。このように、何かを選ぶことで犠牲にする他の何かは、その選択にかかるコスト(費用)だと考える必要があります。これを機会費用と呼びます。
同じ仕事をするときに、より小さい機会費用ですることのできる人は、比較優位があるといいます。悪者1人を捕まえる仕事にかかる機会費用は、スーパーマンが猫10匹、平凡マンが猫2匹で、平凡マンのほうが小さい。すなわち、平凡マンは悪者を捕まえる仕事に比較優位があります。
一方、猫1匹を助ける仕事にかかる機会費用は、スーパーマンが悪者0.1人、平凡マンが悪者0.5人で、スーパーマンのほうが小さい。スーパーマンは猫を助ける仕事に比較優位があります。
このように、異なる仕事について、ある人が一方の仕事に比較優位があれば、その裏返しで、もう1人は別の仕事で必ず比較優位を持ちます。たとえそれが、スーパーマンと凡人であってもです。そして2人がそれぞれ比較優位のある仕事に特化したり比重を高めたりすることで、つまり分業することで、2人合わせた仕事の成果は増大します。
スーパーマンが1日にこなせる仕事の量は、悪者逮捕でも猫助けでも、平凡マンやバットマンを絶対数で上回っています。これを絶対優位といいます。けれども、さまざまな仕事で絶対優位を持つハイスペックな人でも、時間には限りがあります。そこで比較優位のある仕事に特化し、そうでない仕事を別の人に任せることで、生産性を高めることができます。これは本人にとっても得ですし、社会全体にも利益となります。
ここまでの例は、アメリカの経済系シンクタンク、ミーゼス研究所の記事を参考にしました。記事では、次のように指摘しています。
「経済学における基本的な仮説の 1 つは、取引は生産性を高め、富を生み出すというものです。これは、一部の人々が並外れた能力を持っている場合でも当てはまります。比較優位の法則によれば、たとえその人が他の人々よりもどれだけ生産性が高かったとしても、非常に生産性の高い人々であっても、そうでない人々と取引をすることで、より豊かになることができます」
「ポンコツ」と嘆かないで
「比較優位の法則」という言葉が出てきました。高校の政治・経済の教科書では「比較生産費説」と呼ばれ、貿易のところで出てきます。19世紀前半にイギリスの経済学者リカードが唱えた説で、各国がそれぞれ得意とする相対的に生産性の高い分野の商品に生産を特化して、その商品を輸出し、生産性が低く不得意な分野の商品を輸入すれば、世界全体の生産量は増大し、各国とも豊かになる。このように国際分業の利益を説明しました。
けれども比較優位の法則は、国の間の貿易だけに当てはまるものではありません。今回説明したように、個人の間でも成り立ちます。むしろそれが経済の土台であり、出発点だと考えるべきでしょう。
経済学者ミーゼスは、教科書で「比較生産費説」と呼ばれるこの考えを、「リカードの協業の法則」と呼びます。国際貿易だけではなく、すべての社会的関係に当てはまる原理だからです(村田稔雄訳『ヒューマン・アクション』)。
貿易については、別の機会に詳しく取り上げるつもりです。今回説明した比較優位、絶対優位、トレードオフ、機会費用といったキーワードは、経済を理解するうえで役に立ちますので、ぜひ覚えておきましょう。
それは人生にも役立ちます。「私は何をやっても人にかなわないポンコツだから、社会の役に立たない」などと嘆く必要はありません。それは絶対優位で考えているからです。
比較優位で考えれば、あなたが人よりも相対的に効率よくやれる仕事は必ずあります。それを生かし、分業によって協力すればいいのです。社会の役に立ちますし、あなた自身も幸せになることでしょう。