11月初旬、エジプトで第27回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP27)が開催される。今回は、当社の温室効果ガス(GHG)排出量推計モデルを開発したキアラン・ブロフィー博士のリサーチレポート「カーボンギャップに注意を」(https://www.esgbook.com/mind-the-carbon-gap/)をもとに、排出量開示の問題点について取り上げたい。
GHG排出量の開示には「GHGプロトコル」という報告のフレームワークがあり、世界的に採用されている。従って、GHGプロトコルに準拠した開示をすることが適切とされている。企業によるGHG排出量の開示は増えてきてはいるものの、現在のところ、GHGプロトコルに準拠した開示を行なっている世界の主要企業は4000社未満にとどまり、開示の範囲は自社の工場などで出る「スコープ1」と電力などの調達に関連する「スコープ2」である。
サプライチェーン(供給網)や製品販売後も含む「スコープ3」を開示している企業は「スコープ1、2」を開示している企業の3分の2ほどである。企業側でみればスコープ1、2とスコープ3の排出量の算定には大きな違いがあり、前者に比べて後者は排出量算定の対象が自社以外にも広がるため、後者の排出量の開示は遅れているのであろう。
しかし、ここに排出量開示の問題が生じている。例えば、エネルギーや空輸、自動車などの業種はスコープ3の排出量がスコープ1、2に比べて非常に多い。これらの業種のスコープ3の開示が進まなければ、世界全体で見た排出量削減の見通しを立てることは難しい。
また、同じエネルギー業界でも、再生可能エネルギーに特化した新興企業とこれまでの化石燃料使用による規模の経済を活かした既存のエネルギー会社では、スコープ1、2で測った炭素強度は再生可能エネルギー会社の方が高い場合もあるだろう。ネガティブなインパクトを考えれば、両社のスコープ1、2による炭素強度を比較するのではなく、両社のスコープ3を比較しなければ、本来目指すこととは異なってしまう。
このようなことからスコープ3の排出量を把握する重要性が高まっている。特に投融資先のGHG排出量の報告が求められる欧州のサステナブルファイナンス開示規則(SFDR)では、スコープ1、2、3の排出量を把握することが必須になる。
(図1)ESGブックがデータを集めている6200社以上の企業の排出量の地域別開示状況
図1のように、企業の排出量の開示状況は地域ごとに異なっているが、対象企業の6割を超えているのは欧州と南米の2地域のみで、残りの7地域は5割以下に留まっている。そこで、当社では、ESGブックのプラットフォームを活用し、企業によるGHG排出量の開示をサポートしていくとともに、現在のところ開示をしていない企業については、その排出量を見積もる推計モデルを開発した。この推計モデルにより、現在開示をしている企業と合わせて世界の上場企業約3万7000社の排出量データを示すことができるようになった。
(図2)ESGブックの排出量推計モデルの主要株価指数別カバレッジ
この推計モデルについて、その特徴をまとめたい。
•線形モデルでは網羅できない企業の財務、ESG、そして排出量の関係を15の予測変数から導出。
•15の予測変数には排出量データを開示している企業の排出量データも含まれる。
•15の予測変数が揃わない企業の場合、不足している変数に「0」や代替の値を入れる機械学習モデル(アダプティブ・ブースティング等)は推計精度が低下する結果が判明。
•これらのことから、予測モデルには、複数の予測変数を使用し、不足値による推計精度の低下を抑制することのできるXGブースティングを採用。
•企業の排出量の開示意欲を削がないように、推計値は多目に算出。
•決定係数(R2)と二乗平均平方根対数誤差(RMSLE)を用いて推計値の信頼度の水準を表示。
•本モデルは四半期ごとにアップデート。
本推計モデルは、気候変動のトラジンション(移行)をサポートする位置付けにあると考えている。本来であれば、企業が排出量の管理をし、公表することが望まれるが、リソースの都合ですぐに対応できない企業は多くある。一方、企業に投融資している金融機関や機関投資家、そして、気候変動に関するサプライチェーンの管理を求められるグローバル企業にとって、投融資先企業や取引先企業の排出量の状況を把握することが重要になってきている。本推計モデルは、そのような金融機関や機関投資家、そしてグローバル企業に活用頂きたい。
また、現在のところ本推計モデルは上場企業に限られているが、前述の15の予測変数のうちの半分ほどの変数が揃うことで推計が可能となるので、非上場企業への応用も可能である。気候変動のトランジションをスムーズに遂行していけるよう、本推計モデルを通じて貢献していきたい。