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新しい資本主義の役割は昭和時代の成功体験からの脱却─ 渋澤健(Shibusawa & Company)

記事公開日 2022/12/2 16:00 最終更新日 2022/12/2 18:04 渋沢栄一 渋澤健 ETF購入 新しい資本主義 リスキリング

Shibusawa & Company 代表取締役 渋澤 健 氏Shibusawa & Company
代表取締役 渋澤 健 氏

前回に続き、10月から再開した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の討議についての私の所感です。6月の骨太方針の時点から、政府が検討中の総合経済対策の重点事項にちょっと踏み込んだ表現がありました。

「成長分野に移動するための学び直しへの支援策の整備や年功制の職能給から日本に合った職務給への移行など、企業間・産業間での労働移動円滑化に向けた指針を来年6月までに取りまとめる」という文章ですが、「リスキリング」の文脈で示されたものです。

私が注目したのは「年功制の職能給から日本に合った職務給への移行」と「企業間・産業間での労働移動円滑化」というところです。1年程前から参加させていただいている実現会議の討議の中で、新しい資本主義の役割とは昭和時代の成功体験から脱却して、新しい令和時代の成功体験をつくることであることという自分の考えに、改めて確信を持ちました。そして、その昭和時代の成功体験を象徴するのが、「年功序列・終身雇用」を促す慣習および法制です。

経済社会の新陳代謝

およそ80年前の戦争の焼け野原から復興した日本社会において、企業に求められた役割とは国民に安定した生計を提供する社会福祉的な機能でした。当時の人口ボーナスの追い風による経済成長で、「年功序列・終身雇用」を掲げる日本企業は世界から注目を浴びるようになりました。あの時代の成功体験をもたらした労働慣習であったことは間違いないでしょう。

しかし、現在ではどうでしょう。およそ30年間も賃金が上がらない状態の犯人は「デフレ」だけではなく、日本人の労働価値が同じ会社で長年の間メンバーシップで形成されている影響も大きいはずです。労働市場の流動性が乏しいということは、経済社会の新陳代謝が低いということです。新陳代謝が低いことによって様々な病に陥るのは、人体だけでなく、経済社会でも同じです。労働市場の流動性によって新陳代謝を高めることで、新しい時代における構造的な賃金アップが期待できると思います。

ただ、労働基準法の存在意義とは、解雇を制限することや時間管理など従業員の権利を保護することであり、法改正によって労働市場の新陳代謝を高めることは課題検討の議題に乗せることすら難しいと聞かされていました。一方、重点事項に「リスキリング」「年功制」「労働移動円滑化」という表現が明記されたということは、できるところからやってみようという姿勢であり、新しい時代に見合う労働の新陳代謝を高めることに意識が前進していると感じました。仕事を保護することだけではなく、新たな仕事を求められる土台づくりにこれから期待したいです。

「やりがい」

10月中旬に、今年からメンバーの拝命を受けたSDGs推進円卓会議が主催するSDGsパートナーシップ会議の「繁栄」セッションで司会を務めた際に、参加してくれた若者のコメントが印象に残りました。自分が「やりがい」を感じる、つまり、繁栄を実感できる仕事には4つの要件があるという指摘でした。「好きなことができる」仕事。「得意なことができる」仕事。「必要とされる」仕事。そして、これらによって「稼げる」仕事。

新しい資本主義の労働市場における施策には、このような「やりがい」を若者たちにはもちろんのこと、全国民に促すことを最優先とすべきでありましょう。日本人は、他国と比べて60代、70代になっても働き続けたいという傾向が顕著です。それは「人生100年」において将来への蓄えが足らず、不安から生じているのが現状かもしれません。ただ、それは人生の「繁栄」を求めていることでもあります。そして、「稼ぐこと」は、上記の若者が示してくれたように繁栄の要件の一つであり、やりがいが満たされるためには他の三つも大事です。

新しい資本主義の定義とは、「取り残さない」包摂性ある資本主義であると私は考えています。包摂性とは社会の「弱者」を取り残さないことでありますが、これは結果の平等を求めている事ではないと思っています。社会は様々な立場、能力や才能、そして「やりがい」を持っている人々から形成されるので、この多くのバリエーションの全てが同じ結果になることはあり得ません。ただ、その社会において、どのような立場であったとしても、自分たちが与えられている能力や才能の可能性をフルに活かして、「やりがい」ある人生を送る機会を平等に提供することが包摂性だと思います。

機会平等は、勝者視点であるという批判もあります。結果は可視化できている状態を示す一方で機会は可視化できていない、これからの可能性を示す非対称性があるからでしょう。ただ、社会の弱者がいつまでも弱者と一方的に決めつけることが「やりがい」を育む包摂性とは言えません。機会平等とは放置することではありません。機会があることの気づきを促すことは、分配すること以上の努力や忍耐力が必要です。

新しい価値を創造する役割は民間にあります。一方、政府には民間の価値創造を促し、経済が創造した価値を社会へと再分配し、外部脅威から価値を守る役割があります。およそ1年前に新しい資本主義が発足したときの評価は、「これは分配政策であり、資本主義ではなく、社会主義だ」という批判が目立ちました。これも可視化の非対称性があるからでしょう。分配は現在目に見えます。価値創造(つまり、成長)を促す結果は後から目に見えてくるものです。

未来世代へ

新しい資本主義の役割は、新しいお金の流れを作ることによって新しい価値創造を促すこととも言えます。では、お金が流れていないどこへお金を流すことに意識を高めるべきか。それは、未来世代です。将来の経済社会の担い手になる若者や子ども達ということだけではなく、これから生まれている日本人も含みます。

若者や子ども達は現在の日本社会で人口が少ないマイノリティーであり、彼らの声は選挙等を通じて直接政府の政策決定に届かない社会的構造があります。一方、これから生まれてくる日本人の数は現在の日本人の数より遥かに多いマジョリティーなのに、彼らの声も選挙で直接届くことは無いという民主主義の課題があります。実は、現状の民主主義の有り方では、未来世代は放置されている社会の弱者です。

新しい資本主義が、声を上げられない未来世代からの借金で賄われた財源を、現在大きな声を上げているところへのバラマキ施策に使ってしまえば、それは全く新しくない旧来の日本の資本主義になってしまうと懸念します。新しい資本主義が、日本の未来世代へも新しいお金の流れをつくる未来投資につながるよう、政府の英断を強く望みます。

著者名

QUICK Market Eyes 池谷 信久


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