HSBCアセットマネジメント グローバル・チーフ・ストラテジスト ジョー・リトル
エコノミストは物語が好きです。シンプルなストーリーは世界の動きを分かりやすく説明してくれます。しかし、事態が単純でないときはどうなるのでしょうか。
2022年は世界経済と金融市場にとって前例のない年となりました。世界中でインフレ率が急上昇し、大胆な金融引き締めが実施され、債券、株式、その他ほとんどの資産でリターンがマイナスになったことを考えると、単純ではなかったことは確かです。
金融市場の混乱は投資家の不安をあおり、アナリストにとって悪いニュース続きのグローバルなポリクライシス(様々な事象が複合した危機)な状態となり、経済の動きを予測することはほとんど不可能でした。
2023年の経済見通しも単純ではありません。世界の異なる地域で、経済サイクルは異なる局面にあり、さらにそれぞれが異なる課題に直面しています。つまり、エコノミストが次に起こることについて説明できるような、普遍的かつグローバルなストーリーは存在しません。むしろ、私たちはスーパーヒーローが登場する映画ファンなら「狂気のマルチバース」とでも呼ぶような「パラレルワールド」の時代に生きているのです。
世界経済に3つのストーリー
現実の経済の見通しは1つだけなく、少なくとも3つは存在すると考えます。最初の現実は米国です。米国では1990年代以降は見られなかった速度と規模で利上げが実施されています。5%前後の賃金上昇は物価の安定とは相容れず、政策当局はジレンマに陥っています。政策が一段落するかどうかに市場参加者が注目する中でも、米連邦準備制度理事会(FRB)はタカ派スタンスを維持しなければなりません。こうした現実を背景に2023年は金融引き締めによって米国はリセッション(景気後退)に陥り、最初は企業利益、その後はGDPに影響が表れるとみられています。
米国同様にユーロ圏も2023年はリセッションに直面しますが、この2つ目の現実は様相が異なります。欧州におけるリセッションの原因はタカ派の政策当局ではなく、エネルギー価格の上昇とエネルギー安全保障の不安定化に伴う大規模な「交易条件」ショックによるものです。暖冬になれば経済成長率が上昇するかもしれませんが、保証はありません。
幸いなことにエネルギーをめぐる問題は深刻なものの、欧州のインフレは根強いものではなく、製造業セクターは受注残があり、好調を維持することができそうです。リセッションに続く停滞は投資家にとって好ましくないとしても、リセッションはテクニカルなもので済みそうです。
このように2023年は欧米で2つの景気後退が起こると考えます。しかし、3つ目のアジアは、期待が持てるとみています。
インド好調、中国も回復
アジアは欧米と比べて経済サイクルが異なる段階にあります。世界のほかの地域が減速する中でも、インドの景気拡大は続いています。日本は先進国の中で唯一、今年は景気後退に陥らないとみられています。中国は循環的な回復が間近に迫っており、2023年は5%程度の成長を遂げると予想します。
明るい経済成長見通しは、建設的な政策を反映しています。中国では金融政策と財政政策が緩和され、経済への信用の伸びが拡大し、不動産セクターを下支えしています。日本は金融緩和が続いています。このことが2022年の円安要因になりましたが、世界の景気が減速すれば新たな強みになる可能性があります。アジアの経済活動再開に伴う好景気は完全に失われたわけではなく、先送りされたに過ぎません。
アジア、特に北アジアの輸出国が欧米の苦境の影響を受けずに済むと考えるのは余りに短絡的でしょう。一方で東側と西側のマクロトレンドは対照的な状態が続いています。地政学的秩序が変化するにつれ、地域同士の影響が薄れていく可能性が高まるでしょう。
金融市場にとって重要なのは、投資家が何を価格に織り込むかです。ここでもアジアが健闘します。アジアのほとんどの債券市場と株式市場は以前に比べて割安な状況にあります。通貨はドルに対して大幅に割安な価格で取引されています。
見通しは不透明とはいえ、アジアのバリュエーションがかなり悲観的な見方に基づいていることは確かです。マクロ経済において大きな材料となる要因がないときに、低いバリュエーションだけに注目してしまうと投資家は罠に陥る恐れがあります。だからこそ、アジアの景気循環が改善し、ドルが下落するというマクロの要因があることは、経済の見通しに非常に重要です。
シンプルなストーリーは魅力的ですが、現在の複雑な世界経済においては、非現実的です。それでも2023年はアジアで投資リターンが大幅に改善されるという見通しは、信じられるストーリーだと考えています。